シンポジウム採録「ニュースや知識をどう支えるか」

軽減税率適用は必要 新聞の公共性と知識課税で討議

新聞協会主催の公開シンポジウム「新聞、メディアの公共性と知識課税―民主主義を支える仕組みを考える」が2013年9月26日、東京・内幸町のプレスセンターホールで開かれた。新聞への消費税課税の在り方を法的側面から検討していた「新聞の公共性に関する研究会」が同5日に公表した報告書に基づき、新聞への軽減税率適用の必要性について意見交換した。

〈パネリスト〉
戸松 秀典 氏(学習院大学名誉教授(憲法)、新聞協会「新聞の公共性に関する研究会」座長 )
川岸 令和 氏(早稲田大学教授(憲法) )
髙木 まさき 氏(横浜国立大学教授・教育人間科学部長(国語教育)、日本NIE学会常任理事)
中江 有里 氏(女優、脚本家、作家)
長谷部 剛 氏(新聞協会「税制に関するプロジェクトチーム」座長、日本経済新聞社常務取締役)
〈進行役〉
山根 基世 氏(元NHKアナウンサー)
(順不同、文中敬称略)

文化・民主政治に関わる問題 米には地元紙廃刊による悪例

戸松 意見書は法律の専門家がまとめたものだが、誰もが読んで理解できるよう努めた。結論から言うと、新聞は日本が誇るべき文化で、民主主義の維持に必要だ。新聞の社会に果たす役割は、内外で日々発生するニュースを正確、迅速に伝えることだ。意見、評論の場にもなっており、新聞は人々の生活に広く浸透している。

パソコン、タブレット、携帯電話などの情報伝達機器が発達し、情報の電子化は進行しているが、新聞の地位は低下しない。インターネットに流れるニュースのほとんどは、依然として新聞社が新聞を作る過程で生まれるものだ。

日本の新聞をめぐる特徴的なこととして、新聞購読による識字率の高さ、戸別配達が維持されることによる購読率の高さが挙げられる。全国紙と地方紙の共存も重要な役割を果たしている。新聞は販売・購読に関わる特徴と相まって、日本の誇るべき文化であり、崩してはいけないというのが意見書の結論だ。消費税の軽減税率が適用されるかどうかは、日本の文化や民主政治の将来に関わる問題である。

新聞が憲法21条における表現の自由の保障対象であることは明らかだ。再販制度、株式譲渡制限、第三種郵便制度といった新聞への法的な優遇措置は、新聞の果たす役割を重視してなされている。諸外国と比較しても、欧州では日本の消費税に相当する付加価値税で減免措置が適用されている。英国は新聞にゼロ税率を適用している。この観点からも日本で軽減税率を取り入れることは異常ではない。

新聞は全国どこでも同じサービスを提供してくれる。新聞離れは日本の民主主義を損なうことになる。新聞がどこでも安価で手軽に入手できる状態の維持が何より必要だ。消費税率は一律が望ましいとの一般論はあるが、社会的役割を考慮すれば、新聞への軽減税率は例外として存在してよい。軽減税率適用は日本の文化を守るための措置として、政治家の政策判断が必要だ。新聞社を助けるためだと誤解されがちだが、実は新聞購読者を助けるための制度だ。

長谷部 消費税率が上がれば新聞価格の上昇につながる。新聞協会は読者の負担にならないよう軽減税率を求めている。軽減税率を導入していない先進国は、日本とニュージーランドくらいだ。消費税率アップは所得の高い人にも低い人にも一律に影響があり、特に低所得者の負担が重い。諸外国は新聞を生活必需品と並んで軽減税率の対象にしている。欧州の例だと、英国、ベルギー、デンマーク、ノルウェーはゼロ税率、その他ほとんどは軽減税率だ。西欧諸国で新聞の税率が10%を超える国はない。スウェーデンやノルウェーでは新聞の税率が食料品より低い。米国ではほとんどの州が非課税か条件付き非課税だ。

新聞の監視機能が衰えた悪例が米国にある。地元紙が廃刊したカリフォルニア州ベル市では、地元紙が行政を監視しなくなり、行政官の給与がひそかに500万円から6400万円に引き上げられていた。新聞の衰退により民主主義が脅かされた例だ。

新聞は次世代を育てる生きた教材だ。経済協力開発機構(OECD)の調査によると、新聞を読んでいる人の方が読解力が高い。戸別配達制度を支える新聞販売所は全国に1万8千店あり、新聞配達のほかに、見守り、防犯活動などで地域を支える役割も担っている。東日本大震災では、停電で携帯電話から情報が入手できなくなる中、販売所の人たちが避難所まで新聞で情報を届けた。米連邦通信委員会(FCC)の報告書によると、インターネット上の情報の出所のほとんどは新聞社だ。

新聞の力が弱まると、読者が少ない地方の販売所を維持することが困難になり、戸別配達を郵送に切り換えざるを得なくなる。また、新聞購読の中止が広がれば、情報格差が広がる恐れもある。

川岸 新聞は極めて特殊な機能を持つ公共財だと言える。新聞が衰退したとき、自由で民主的な社会を維持できるのか疑問だ。国民が自らの首を絞めることになるだろう。

中江 消費税率の引き上げが注目され、今日の登壇者は軽減税率に敏感な人たちが集まっているが、一般の軽減税率への反応は鈍い。今は情報があふれており、自分で全てを見ることはできない。新聞がどういう役割を果たすか、新聞の良さを再確認すべきだ。買ってまで欲しい情報とは何か議論した方がよい。

新聞は社会の共通基盤提供 子供の言葉を育てる教材にも

山根 次世代育成に新聞はどう役割を果たすか。

髙木 OECDが2009年に実施した「生徒の学習到達度調査(PISA)」では、新聞や本を多く読む児童・生徒の方が、そうでない層より成績が良いことが示された。正確に言葉が使えるようになるには、背伸びして言葉を使う経験が必要で、そのためには言葉のシャワーを浴びせなければならない。子供たちの言葉を育てるために、新聞や本を大事にしなければいけない。

山根 NHKを退職したアナウンサー仲間と「ことばの杜(もり)」で子供たちへの読み聞かせ活動を続けてきた。教育現場を歩いてきた結論は、家庭や学校だけでは子供たちの言葉は育てられないということだ。教師や親以外の言葉に幅広く触れる地域の結びつきが必要だ。

中江 活字が大好きで、小学生時代から新聞を読んできた。次第に分かる部分が増え、発見の連続が楽しかった。その体験が今の自分の下地になった。読める所が増える経験は、自分自身の変化を映し出しており、検索とは違う楽しみがある。

今は新聞の中から書きたい題材を見つけている。自分と社会をリンクさせる過程で、新聞の中から得られるのは、意外な出会いだ。一覧性も優れている。映画は書籍が原作であることが多いが、映像の楽しみがある一方で、書籍は想像力を使わないと読み進められず、想像力を鍛えることにつながる。

山根 アナウンサー時代に15歳でIT企業を設立した家本賢太郎さんにインタビューした。彼は脳腫瘍で入院した12歳の時、新聞の株式欄と一面記事が連動していることに気付いた。彼の今の姿があるのも、新聞があるからだろう。

川岸 世界中を見ても、ここ50年で自由な社会を維持できている国は約30か国に限られる。自由な社会とは本来、構成員の努力によって成り立つ不自然なものだ。社会は「公的空間」「私的空間」と、両方をつなぐ「公共的空間」で構成されていて、新聞、雑誌、テレビなどの複数のメディアが公共的空間を支えている。細分化された社会で民主主義は成り立ちにくいが、新聞は共通した社会基盤を提供することに役立っている。訓練された情報の専門家であるジャーナリストが個々の情報の意味合いを明らかにし、大きな見取り図の中での位置付けを与えてくれる。

ネットが普及したことで、情報の送り手・受け手という固定された役割が打破された。一方、カスタマイズ機能で視野が狭まり、意見が過激になるなど、情報の偏りの影響がみられる。本来注意すべき社会の争点や意見に接する機会がない人が増え、興味・関心分野への引きこもりで社会が分断化する。

こうした中で、新聞は優れた機能を発揮している。見出しを追うだけでも社会が直面する問題に接することができる。一般の人が一日で情報収集に割ける時間は限られているが、新聞を読めば、ある程度の時間で視野を広げることができる。

宅配制度や全国・地方紙の共存に加え、各紙で極端な意見の開きがないことも特筆すべきだ。

新聞ない社会に生きたいか 果たしている役割に目を向けて

山根 新聞に軽減税率を求めることをどう考えるか。

戸松 新聞社を直接助けるためのものでないと繰り返したい。全国紙と地方紙が共存する状態の維持には軽減税率が必要で、その目的は新聞の読者層を維持するためだ。年金生活では、新聞に多くのお金を払えない。個人的に消費税率はもっと上がってよいと考えるが、新聞への税率は別だと政治家は決断しなければいけない。

長谷部 軽減税率の対象品目を広げると兆単位で税収が落ちる。対象は一定の範囲に絞る必要がある。何を対象にするかはきちんと考えないといけない。

戸松 新聞の売り上げによる税収は税率5%で750億円程度だ。コメや味噌に軽減税率が適用された場合に落ち込む額と比べて規模は小さい。税収圧迫というほどの金額ではない。

中江 最近は新聞を読まず、テレビも見ない人が増えてきた。共有する社会的情報が増えなければ他者との会話が生まれない。ネットの社会は孤立しがちだ。似た意見を持つ者同士で集まりがちで、意見が異なる人を許容せずに攻撃する。私が書評を公開しているのは、本を知ってほしいとの思いからだ。思考力向上につながり、世界に通じる人材育成に効果がある。政府は読書活動を後押しする政策を進めてほしい。新聞は文字活字文化を下支えしている。

戸松 先ほど政治家に軽減税率適用の決断を求めたが、国民全体も税制度への責任を負っている。北欧諸国で国民に高税率への理解があるのは、政治家が徴収した税金を還元しているからだ。日本国民も税金をどう使われるか監視する責任がある。

川岸 新聞に対して厳しい批判もあるが、現実に新聞がどのようなことをしているのかに目を向ける必要がある。東日本大震災で新聞がなかったらどうなっていたのか。そのような社会では生きたくないという人が多いのではないか。私たちは単なるサービスの受け手だと考えてしまうが、市民が一緒になって新聞を育てていく観点が必要だ。ジャーナリストの重要性は指摘されるべきだ。情報の選り分けはジャーナリストの仕事だ。優れたジャーナリストがいるかは自由な民主社会を維持できるかに関わる。新聞を温かくも厳しい目で見守っていくことが必要だ。

長谷部 税の優遇措置は軽減税率に限らず所得税の配偶者控除などもある。これは社会的理解や支持があるからこそ可能になっている。消費税も医療費には課税されない特例がある。再販制度など新聞に優遇措置があるのも読者の支持があるからだ。軽減税率についても、新聞を応援してもらえるよう、読者の支持を得ていくのが、われわれの務めだ。

山根 新聞への軽減税率適用を当然だと納得させるような記事を出す必要がある。新聞の作り手の強い志と意識を読者が感じた時、軽減税率への理解が達成できると考える。