過去最多となる204の国と地域が参加し、28競技302種目が競われた北京五輪が8月24日、閉幕した。
心配されたテロや、運営上の大きな問題もなく終了した「史上最大級の五輪」を、新聞・通信各社は連日、一面トップで大々的に報じた。新疆ウイグル自治区での記者暴行などを除けば、取材、新聞制作上の大きなトラブルもなかった。
テロ、大気汚染、食の安全など五輪開会前から不安材料が多かった今大会。終わってみれば大きな問題はなく、報道の自由や人権問題の改善などに注文は付けられたものの、「概ね成功した大会」と報道各社は見ている。
各社はこれまで以上に今大会を大々的に報じた。朝日・毎日・読売三紙がそれぞれ、期間中に発行した計30回の朝・夕刊のうち、五輪関連以外の記事が一面トップとなったのは5〜8回(東京本社管内最終版)のみ。読売東京の寺田正臣編集局次長は「国内外に大きな事件・事故がなくイベントに集中できたことも大きい」と指摘する。読売は期間中、号外を9回発行した。
共同の出稿記事本数もアテネ大会に比べおよそ倍になった。チベット問題やメディア規制、五輪外交に関する記事など競技場外の出稿が多かったほか、時差がほとんどなく記事の差し替え、更新が増えたことも増加の要因という。写真もほぼ倍となる1日当たりおよそ300枚を配信した。
毎日と共同はニコンと協力し、カメラに装着した無線LANで、撮影と同時に写真が自動的にメーンプレスセンターに送られるシステムを競泳会場に構築、速報に役立てた。共同は、競泳の北島康介選手が100メートルで優勝した写真を、レース終了後6分で加盟社に配信。荻田則夫編集局次長は「従来はどう頑張っても15分から20分が常識だった。間違いなく“共同新記録”」と胸を張る。
今大会で日本が獲得した9つの金メダルのうち7つが連覇だった。一方、フェンシング、ケイリンで初めてメダルを獲得、カヌー、トライアスロンなどで入賞者が出るなどマイナー競技での活躍も目立ったが、各社とも事前を含め取材は順調だったようだ。
毎日も事前企画で取り上げた選手が活躍したと振り返る。熊田明裕運動部副部長は「フェンシングの太田選手などはテレビなどへの露出も少なく、事前取材しやすい対象だった」と指摘する。一方、有名選手ほど個人的なエージェントが仲介に入り、取材が難しくなる傾向がアテネ前後から強まっているという。「テレビカメラがないところで本音を聞く機会が減った。ギャラを要求されたり、スポンサーの広告掲載を求められるケースも出てきた」とし、今後の取材への影響を危惧した。
朝日新聞東京本社の佐藤吉雄編集局長補佐は「スポーツ報道のバリエーションを豊かにしなければいけない」と指摘する。「人間ドラマは似た話になりがちだ。読者の目も肥えている。原点に返ってスポーツ自体を描くなど、今後のスポーツ報道の在り方を考える必要がある」
大会としては大いに盛り上がった北京五輪。しかし、各社とも「違和感は残る」と振り返る。
露骨な国威発揚、開会式でのコンピューターグラフィックスによる合成映像や口パクといった“演出”などだ。その一方で、中国が国家の威信をかけて準備してきた大会だっただけに、大会運営面、特にハード面の評価は総じて高い。
懸念されていた通信面も順調だった。約9万人収容の主会場からも携帯電話が使用でき、メーンプレスセンター(MPC)のLAN等も無事に稼働し、送稿面に支障はなかった。一方で、MPC内でのウェブサイト閲覧が一部規制されるなど、情報を統制しようとする姿勢も見られた。
取材対応の問題点を指摘する声も多い。会見ではメディアからの質問に、組織委員会が紋切り型の回答に終始する場面が多かったほか、政治的な質問をさえぎる場面もあった。共同の荻田則夫編集局次長は「西側ではあり得ない。中国の、メディアに対する認識を表している」と指摘する。
競技場外の取材でも、公安警察と見られる私服姿の人間が多数おり、市民に質問しても生の声が返ってこなかったとの声も聞かれた。五輪期間直前からは、新疆ウイグル自治区で記者への暴行、拘束もあった。産経の鳥海美朗北京五輪室長は「五輪を通じ、中国の報道の自由や人権問題が改善されると世界は期待していたが、その点ではゼロ回答だった」と厳しい。
ただし、以前に比べれば「取材の自由は格段に進歩している」との声も多く聞かれた。1990年の北京アジア大会を取材したスポニチの藤山健二スポーツ担当部長は「当時、街の取材は書類がなければ何もできなかった。今回は取材中に警官がやってくることもなかったと聞く」と一定の評価を示した。
今回の北京五輪では世界の多数のメディアが中国で取材活動を行った。これが今後の中国にどのような影響を与えるか。毎日新聞東京本社の藤田健史運動部長は「中国の国民が、メディアの取材活動の国際標準を知ることができたのではないか。報道の自由が前進するきっかけになれば良い」と期待を込めた。