新聞には若年から高齢層まで幅広い世代を読者に持つ「三世代メディア」という特性があり、近年こそいわゆるシニア層の読者比率が高まる傾向にあるものの、これまでも新聞は広範な年代層に訴求するコミュニケーションを模索し提供してきました。昨今は社会情勢の変化を受けて生活者の消費行動や価値観などが変容しつつあり、従来の「若者像」や「シニア像」にとどまらない行動傾向が見られることや、年齢・世代による価値観の違いが小さくなっているという指摘もあります。これからの読者層の行動特性や関心をつかむことで、今後新聞広告や新聞社ビジネスが果たすべき役割や可能性について考察します。
今回はハルメクホールディングス取締役で、販売部数1位(※)の雑誌『ハルメク』編集長を務める山岡朝子さんに、編集方針や読者との向き合い方、ウェブサイトやイベント展開についてお話を伺いました。
※日本ABC協会発行社レポート(2025年1月~6月)による
※2025年11月4日取材

――編集長就任以降、部数が伸びた要因は
部数が増えた理由は二つあると捉えています。一つは誌面の内容を読者に支持されるものに変えたこと、もう一つは『ハルメク』が書店に並ばない定期購読の雑誌だからこそマーケティングに力を入れたこと、この両輪がうまく回ったことで部数が伸びたと考えています。
『ハルメク』は前身の『いきいき』の発行時も含め、雑誌を作る側も読む側もシニア誌だと捉える傾向があり、年金や介護などシニア層が関心を持つテーマを中心に取り上げていました。しかしそのようなテーマは情報量も多く、全体的に暗く硬い誌面になりがちでした。
一方で今のシニア世代は、自分たちのことをシニアだと思っていない方もたくさんいます。ハルメク入社前に女性誌の編集に携わっていたこともあり、『ハルメク』をシニア誌ではなく「女性誌」だと再定義することを提案しました。
女性の興味関心を軸に企画を考えると、美容や旅行などテーマが一気に広がります。ファッションやインテリアの企画では写真も大きく掲載でき、楽しい企画も展開できます。美容関連やスマートフォンなどデジタル関連は、特に人気が高い企画となっています。
読者が60~70代であることを念頭に置いた上で、関心の高いテーマを新しい形で取り上げつつ、読者が今知りたいことにしっかり寄り添い、確実に応える誌面を作るようになったことが一番大きかったと思います。当社にはハルメクグループのシンクタンク「ハルメク 生きかた上手研究所」の調査結果や読者からのはがきなど、さまざまなデータの蓄積がありましたが、以前はうまく生かせていませんでした。この宝の山を活用してスピーディーに誌面を発展させて女性誌としての特集を組む、そして新聞広告を中心に明るく楽しい雑誌であることを伝える、この両方が機能したのだと思います。
――編集方針変更への周囲の反応は
編集方針を大きく変えたことについて、読者からネガティブな意見はほとんど寄せられませんでした。私が編集長に就任して最初に企画したのが、ヘアスタイルの特集でした。それまであまり見られないタイプの特集でしたので、編集部でも当初読者の反応を心配する声が多く、私も企画を進めながらこれが正解だという確信は正直ありませんでした。でも、結果的にはその後定期購読の申し込みが非常に多く寄せられ、既存の読者からも好意的な反響をいただきました。
もちろんデータに基づいて設計しました。読者に体の部位でどこに一番悩みがあるかインタビューすると、かつては腰や膝が多く挙げられていました。これは恐らく、設問の選択肢に首、肩、腰、膝しかなかったからだと思います。それを髪の毛や顔の肌、首のしわまで含めて聞いたところ、実は読者は髪の毛に一番悩んでいたことが分かりました。そのようなアンケートを基にしているので、特集には非常に良い反応をいただき、我々も自信を持てるようになりました。
――編集長として最初に手掛けた企画の内容は
同じ美容室に20年ほど通い、ずっと同じ髪型だったシニア女性の方を原宿の美容室にお連れして、お任せでアレンジしてもらう企画を行ったことがあります。若者向けの雑誌ならよくある企画ですが、いわゆるシニア誌でやったことのないことをやってみようと発案に至りました。すると編集部も度肝を抜かれるほどの変身ぶりで、ご本人もびっくりしてしばらく鏡の前から動けませんでした。取材の1週間後に再度ご本人に連絡した際も、とてもうれしそうな様子で「もう一回恋愛したいです」とおっしゃっていました。
以前は外出したくないと悩んでいた方を「恋愛したい」と思わせるほど、ヘアスタイルは人生にとって重要なのだと気づかされると同時に、喜ぶ読者の姿にこちらもうれしくなりました。そのようなお客さまの反応に励まされて作り手にもエンジンがかかり、その後誌面が加速度的に良くなるのを感じました。
――新聞広告の活用について
当誌は書店に並ばない定期購読の雑誌なので、知っていただくためにはマーケティングが重要です。以前は新聞広告を掲載してもあまり反響がなかったので、マーケティングと編集のチームで連携して広告内容を見直しました。
まず2パターンの広告原稿を作成して読者でないシニア女性に事前に見てもらい、いただいた意見を基にテスト用の広告原稿を作成します。このテスト用原稿を特定の地域の新聞に掲載し、実際に購読の申し込みをいただいた際に、広告内のどの部分に興味を持ったのかコールセンターを通じて丁寧にヒアリングしました。「特集のタイトルに引かれる」「小さく書かれたサブタイトルに注目した」「連載の写真が良い」などといった内容をマーケティングと編集のチームにフィードバックし、これを基に修正した原稿を作成して全国紙に出稿する形に変更しました。
この仕組みを機能させるようにしたら新聞広告の反響が非常に良くなり、定期購読の申し込みもたくさんいただくようになりました。一部地域でマーケティングのテストができるのも、新聞の良いところだと思います。一般的にウェブでよく使われていた手法ですが、それを新聞広告でもできたことが大きかったと思います。
――『ハルメク』読者の行動特性とは
行動特性は人それぞれですし年代も60代から90代までと幅広いので、シニア全員をひとくくりにすることはできません。年齢軸だけで読者の行動特性を計ることはできないと考えているので、当社では年齢とは別に、読者の価値観のクラスター分析をしています。これを基にターゲティングをして、それに合わせてコンテンツやコピーを考えるようにしています。『ハルメク』では年齢に関係なく、新しいことに挑戦してみようという行動を支援するようなコンテンツを目指しています。
――具体的な読者像について
私自身は、最大公約数の読者像を具体的に想像しながら雑誌を作っています。アクティブで新しいことにチャレンジし、現状をもっと良くしたいと考えるような人に読んでもらいたいと思い誌面を作っていますが、今や実際の読者と読んでほしい人がほぼ一致しているように思います。例えばストレートパンツを履きトップスはチュニックが多く、靴はウオーキングシューズでヘアスタイルはショートカット、などという見た目も含まれます。チュニックが多いのはお腹を隠したいけど華やかに見せたい、といった理由も想定します。また、外見だけでなく、仕事や地域の活動に忙しくしているという日常の時間の使い方や物を選ぶ際の基準などの面でも解像度の高い読者像を持っています。このイメージを「65歳のA子さん」として、A子さんに意見を聞きながら企画を考えます。例えばダイエット企画を考える時に、1か月で2キロ痩せるのが妥当か、それとも2週間で1キロが良いのか、3か月で2キロが良いのか、と意見を聞いてみる感覚ですね。A子さんに1か月で2キロ痩せたらうれしいかを尋ね、「それはうれしいんじゃない」と言われたら、それはどんな痩せ方が良いか、食べ物に気を付けるのか運動なのか、とやりとりをする感覚です。A子さんは多くの読者の要素が組み合わさった人のように捉えています。
実は以前、編集部でA子さんについて話したことはほとんどありませんでした。テレビの取材で初めてA子さんのイメージをイラストにしたことがありましたが、編集部員もほぼ同様のイメージを違和感なく抱いていたことが分かりました。編集部員も普段から読者に会い読者からのはがきを読み、その上で企画を考えているので、共通したイメージを持てるのだと思います。
――読者からのはがきについて
読者から毎月届く約2000枚のはがきを最後の1枚まで読み切ることをルールにしています。寄せられたはがきは編集部員で分担して読むように割り振り、中でも共有すべき内容は全員で確認するというフローを全てシステム化しています。イベントや取材で読者に会うことを積み重ねて編集部の皆がほぼ同じ読者像を描いていることが強みであり、そこまで徹底してやっているところはあまりないと思います。
当誌の読者はがきには『ハルメク』への短い手紙を書いていただく欄があります。ここに寄せられるのは日常の報告や記事の感想などさまざまで、はがきを全て読むと読者の関心や日々の生活の空気感も伝わってきます。我々ははがきからコンテンツを作りそれらがビジネスに直結するので、はがきと徹底的に向き合っています。
また、週1回「クレームゼロ」という会議を開催しています。いただいた全クレームを毎週社長も出席する会議で共有し、それらに全て対応したかを確認しています。編集部門でも物販のクレームについて共有しており、クレームをゼロにする意気込みで真剣にやっています。
物販の中でも当社で扱うおせちは販売から20年目を迎え、読者から好評いただいています。読者の感想を踏まえ毎年2月頃から商品開発に着手します。着色料や保存料は使わずだしのうま味で塩分を抑えているのが特徴で、実際に板前さんや工場の担当者も同席して試食会を繰り返し行います。徹底的に読者の声を聞き顧客理解に努めることが当社の文化であり、そのための仕組みをいかに作るかが重要だと思います。
山岡 朝子(やまおか・あさこ)氏
株式会社ハルメクホールディングス 取締役、ハルメク編集長
大阪大学文学部を卒業後、総合出版社に入社し雑誌編集者としての道を一貫して歩む。2004年から13年間にわたり、主に生活実用誌やインテリア誌など7誌の編集長を歴任した後、17年に株式会社ハルメクに入社。同年8月より『ハルメク』編集長に就任し、部数を5年で3倍に成長させる。21年6月取締役に就任。