取材を振り返る〖寄稿〗

シラスウナギの闇を追う【寄稿】

新聞協会賞「連載企画『追跡・白いダイヤ~高知の現場から~』」受賞報告

高知新聞社・池一宏氏

きっかけは1本の火炎瓶だった。
5年前、高知県中部のとある事務所に火炎瓶が投げ込まれた。シラスウナギの集荷人の事務所だった。けが人もなく、大きな事件にはならなかったが、「シラス漁から排除された若い組員が逆上してやったんや」。暴力団担当が長い県警の捜査員が記者にそう耳打ちした。

「やめちょけ、刺されるぞ」

池氏(高知新聞社提供)

シラスを巡る「闇」は深い――。前々から捜査関係者らからそう聞いてはいた。密漁やシラス業者の脱税が摘発される際に、その一端が見えることもあった。「シラスはもうかる。県外に売ればもっともうかる」「県に報告されている採捕量はうそ。その5倍は採れている」。県内のシラス漁師や集荷人からも、そんな断片的な話が漏れ伝わっていた。
しかし、取引の全体像はぼんやりとしていた。高知で採れたシラスはどこにどうやって売られているのか。そのルートをたどり、「闇」の中身を探りたい――。そんな思いから取材を始めた。
ニホンウナギの稚魚、シラスウナギは太平洋のマリアナ諸島付近で生まれ、冬から春にかけて日本列島に遡上する。1匹は5グラム程度。半透明の細長い魚体はつまようじほどのサイズしかないが、高い時には1キロ430万円もの価格で取引される。「白いダイヤ」と呼ばれるゆえんだ。
高知県は太平洋に向かって東西に両手を広げるような形をしている。「最後の清流」と呼ばれる四万十川や「仁淀ブルー」で知られる仁淀川など美しい自然も残る。その環境がシラスを呼び込むのか、全国で採捕量が減る中にあって高知は「日本一の好漁場」と言われてきた。
シラス漁が解禁となる12月の夜、四万十川の河口は幻想的な光景に包まれる。100隻以上の小型船が集魚灯の光をきらめかせ、暗い水面を黄緑色に照らす。遠くから見るとホタルの群舞のようで、この季節の風物詩になっている。

シラスウナギ漁の解禁日。「最後の清流」と呼ばれる四万十川の河口にシラス漁の船が集まり、集魚灯の光がきらめいた
=2020年12月7日、高知県西部の四万十市(高知新聞社提供)

しかし、そのはかなげな美しさとは裏腹に、漁の現場は一獲千金を狙う人々の欲望でぎらついている。「お金が目の前を泳ぎゆうがぜ。紅白(歌合戦)らあ見ゆう場合やない」。大みそかも漁にいそしむ男性はそう話した。
取材班はシラス漁や流通の実態を探るべく、漁の現場や取引に関わる業者を何度も訪ねた。「何も言えん」「帰ってくれ」「取材はやめちょけ。刺されるぞ」。素っ気ない関係者たち。しかし、取材を続けていくうちに、彼らは少しずつ重い口を開いた。
シラス採捕の歴史、暴力団が介入するようになった経緯、密漁の手口、県内流通を義務付ける制度、「表」と「裏」の二重価格……。彼らの証言を重ね合わせると、全体像が徐々に見えてきた。

シラス王かく語りき

取材班は「シラス王」と呼ばれる高知出身の男にたどり着く。多い年には国内で採れたシラスの5分の1を扱い、年商が数十億円に上ったこともある男は、隠された流通ルートを語った。「正規ルートなんてどこにある? 笑かすな。みんなやりゆうことやないか」。男はそううそぶいた。

禁漁期間中、闇夜に紛れてシラスウナギを狙う密漁者たち。シラスは高値で取引されるため、一獲千金を狙う密漁者が後を絶たない=2020年11月15日、高知県中部の仁淀川河口(高知新聞社提供)

シラス漁は制度上、国が許可するカツオやマグロなどの漁とは違う。各県が漁業調整規則でそれぞれ漁法や漁期などのルールを定めており、地元の養鰻業者に種苗を供給するために、県知事が特別にシラス漁を許可する形を取っている。
高知県の場合、シラス漁が許されているのは約2500人。それぞれが指定された集荷業者を通じて、指定出荷先である「県しらすうなぎ流通センター」に持ち込み、そこから養鰻業者に出すのが「正規ルート」だ。これに対し、県外への出荷は「裏ルート」とされる。
ただ、各県でルールが異なるため、シラス漁や流通の秩序は保てていないのが実情だ。シラス漁を許可しているのは全国24都府県。高知や鹿児島などが県外への出荷を制限する一方、千葉や三重など多くの県には規制がない。しかも、地元の養鰻業者を保護するために取引額が抑えられがちな「正規ルート」に比べ、市場原理で値が動く「裏ルート」は価格が跳ね上がる。
例えば昨年、高知県しらすうなぎ流通センターの買い取り価格は1キロ50万円。これに対し、県外のシラス問屋は1キロ100万円以上の値を付けており、多くのシラスが県外へ転売された。この二重価格の下で、「シラス王」は巨額の富を得ていたのだ。
大金が動くシラス取引の世界に、高知の暴力団が介入し始めたのは1970年前後のことだった。
当時、全国的な不漁の中で高知だけが豊漁だったこともあり、69年に1キロ3万円だったシラスの価格は、70年に8万円まで高騰。大卒の初任給が3万円の時代に、一晩で1万~2万円のもうけになった。各河川にはシラスを狙う密漁者らが大挙して押し寄せ、有利な漁場を確保しようと縄張り争いの暴力ざたも頻発した。
これに困った地元の漁師たちは、用心棒として暴力団を雇った。組員らは「監視員」と書かれたヘルメットをかぶり、浜辺を巡回。密漁者を青竹でたたきのめし、凍てつく浜で丸裸にしたという。

運搬用のビニール袋に入れられたシラスウナギ。「シラス王」と呼ばれる男は裏ルートで仕入れた大量のシラスを国内外でさばき、年商が数十億円になったことも(高知新聞社提供)

そのうち、シラスビジネスのうまみに気付いたのだろう。70年代の中頃には組員らがシラス取引に触手を伸ばした。中でも、「監視員」をしていた組幹部Aが商事会社を設立。暴力を背景に安値でシラスを買い占め、高値で県内外に売りさばくようになった。密漁の仕切りや割り振りにも関与し、シラス取引を資金源にしていった。
組幹部Aは10年ほど前に引退。暴力団対策法や県の暴力団排除条例による包囲網もあり、かつてのように組員が表立って活動することは減った、とされる。
しかし、シラス取引の関係者はこう指摘する。「シラスのうまみを一番知っちゅうのは裏の人間。飯の種をおいそれと手放すはずがない」
シラスの周辺では今も、反社会的組織の影がちらつく。借金返済に窮した若者がジャージー姿で極寒の川に入り、暴力団監視の下で強制的にシラス漁をさせられていた。5年前に続き、昨年末にも県中部で火炎瓶が投げ込まれる事件が起きた。これもシラスを巡るトラブルが原因とみられている。

透明化されるのか

国際自然保護連合(IUCN)は2014年、ニホンウナギを3段階ある絶滅危惧ランクの中で2番目の「近い将来の絶滅の恐れが高い種」と判定した。昨年のリポートでもこう指摘している。

「ニホンウナギの個体数は過去3世代の間に少なくとも50%減ったと推定され、依然、絶滅の恐れは高い」

環境に恵まれた高知県でもシラスは減少していると考えられるが、裏ルートで県外に流されるシラスは統計に表れず、採捕の実態は闇に包まれている。漁期や取引価格、県外への出荷の可否など、県ごとにルールが異なることも、ウナギ資源の管理を難しくしていた。
持続可能な漁業に向けて国際的な要請が強まる中、日本政府も重い腰を上げた。19年に漁業法を改正。23年からはシラス密漁の罰金が現在の300倍、最大3千万円まで引き上げられる。
しかし、流通の自由化を伴うこの制度改正が今、シラス取引の関係者に波紋を広げている。現在、知事の特別許可に位置付けられているシラス漁は、制度改正で「漁業」となり、どこに売ってもよくなる。つまり、厳罰化で密漁が防げたとしても、シラスはますます県外に流れかねない。

「法改正で俺らの仕事はやりやすくなるんちゃう? ルールが変わっても俺らの仕事は何も変わらんよ」

「シラス王」と呼ばれる男は、取材班にそう語った。闇と共存してきたシラスの世界は透明化されるのか。枯渇するウナギ資源は回復するのか。先は見通せていない。

地方紙に身を置く上で

本連載は、四国、九州、東海などシラスの現場を歩いた取材班のルポルタージュを軸に、「採捕」「流通」「規制」の3部構成(計39回)で展開した。密漁者、捜査関係者、シラス問屋、中央官僚、養鰻業者、国会議員……。足かけ5年の取材で話を聞いた相手は、10都県で100人以上になった。
幸い、取材記者が「刺される」ことはなかった。が、反社会的勢力が深く食い込む業界だけに、慎重な立ち回りが必要だった。業者同士の縄張り争いが激しい世界でもあり、対立勢力の双方から慎重に話を聞くなど、細心の注意を払った。
ウナギ資源の問題は今や、地球規模の議論になっている。日本で消費されるウナギの多くは中国からの輸入に頼っており、その中国は欧米やアフリカなどからウナギをかき集めている。欧州刑事警察機構(ユーロポール)は、ヨーロッパウナギの稚魚が中国などへ密輸されているとして警戒を強めている。
ウナギ問題を研究する中央大の海部健三教授(保全生態学)は「高知の浜で起きているシラスの問題と、欧米など世界のウナギ資源の管理はつながっている」と指摘。「シラス取引の実態を明らかにした本連載を英訳し、海外の研究者と共有したい」としている。
高知県の現場から始めた本連載が、国内のみならず、世界のウナギ問題の改善や、持続可能な水産資源の管理に少しでも役立てたとすれば幸甚だ。
私は地方紙に身を置く一人として、地域に密着する「ローカリズム」と、社会問題を究明する「ジャーナリズム」の両立を目指してきた。そのぼんやりとした理想が、現場記者たちの丹念な取材によって「白いダイヤ」に結実した。大みそかも正月も返上し、寒風の浜辺で張り込みを続けた取材班の努力が、臨場感のある原稿につながったと思う。今回の受賞を機に、一層精進したい。

<筆者プロフィール>

高知新聞社
追跡・白いダイヤ取材班
(代表)編集局報道部長

池一宏(いけ・かずひろ)氏

(2021年11月10日)