プラットフォーム監視の役割【寄稿】
「LINEの個人情報管理問題のスクープと関連報道」受賞報告
取材を始めるきっかけとなったのは、昨年12月の知人からの問いだった。
「なぜ、これほど多くの自治体がLINEアプリを導入しているのでしょうか」
野口五郎さんの問いかけ

「私鉄沿線」などのヒット曲で知られる歌手、野口五郎さんから、こう尋ねられた。16歳で紅白歌合戦に初出場した野口さんは、自分で機材を操ってレコーディングをするうちに、音響に興味を持った。医師や学者らと研究し、音源の振動を巡る論文が英科学誌に掲載されたこともある。10年前、公演後にライブ映像などを受け取れるアプリ「テイクアウトライブ」を開発し、特許も取った。昨夏、それを改良してコロナ接触通知アプリ「テイクアウトライフ」を開発した。レストランやコンサート会場に置いたQRコードを、客がスマホで読み取れば、来場者にコロナ感染がわかった場合、主催者側から通知が届く仕組みだ。国会議員や自治体を回って無償で導入を訴えたが、LINEとの契約を理由に断られたという。
「個人情報の流出や外国への移転のうわさがあるLINEの安全性は大丈夫なのでしょうか」
地道な取材で判明した問題点
まず、ネット上の公開情報にあたった。日本だけではなく、韓国、中国のサイトも調べた。LINE関連のさまざまな言葉を検索する「ネット聞き込み」とも言える地道なやり方だった。
1か月余り調べると、中国の求人サイト上で「LINE中国」という見たことのない会社を見つけた。AIやアプリ開発の技術者や、日本語の翻訳者を募集していたのだ。
中国内では2014年以降、LINEは使えない。日本のLINEのアプリ開発は中国で行われているのでは――。こんな仮説が浮かび上がった。
調べを進めると、LINE中国は18年、遼寧省大連にLINE関連会社として設立されたことがわかった。中国の別の求人サイトでは、LINE中国について、次のような説明があった。
「世界に五つあるLINEの開発拠点の一つで、AIや『タイムライン』などのアプリの基礎部分を開発している」
こうして集めた資料を元に、LINE関係者への取材を始めた。LINEだけではなく、取引先まで範囲を広げて接触を試みた。LINE中国の関係者には、中国の対話アプリ「微信(ウィーチャット)」を使ってコンタクトをとった。
こうした取材を重ねた結果、次の2点が裏付けられた。
①LINE中国がAIを含めたソフト開発をしていた。
②LINE利用者が日記のように書き込む「タイムライン」のサービスで不適切な書き込みなどを監視する業務を、日本の通信業務代行会社に委託。さらにこの業者が大連にある中国法人に再委託し、現地の中国人スタッフが、書き込みの監視をしていた。
一番の問題点は、いずれの会社も中国側から日本の利用者の氏名や電話番号、メールアドレスなどの個人情報にアクセスしていた可能性があったことだ。
個人情報保護法は、外国への個人情報の移転や外国からのアクセスに制限をつけ、必要な場合は利用者の同意を得るよう定めている。さらに20年6月に成立した改正個人情報保護法(2年以内に施行)に関し、個人情報保護委員会は、原則として移転先の国名などを明記するよう求めている。
一方、LINEのプライバシーポリシー(個人情報に関する指針)では、「お客様のお住まいの国や地域と同等の個人データ保護法制を持たない第三国にパーソナルデータを移転することがある」などとしているが、国名などは記されていない。同法に抵触する可能性が出てきた。
かつて知り合いのLINE幹部に、アプリの安全性について尋ねたことがあったが、「LINEの管理・開発は日本で行われており、サーバーも日本国内にある」と強調していた。官庁や自治体にも「利用者のデータは日本に閉じている」と説明していた。こうした説明とは明らかに矛盾していた。
ただ、なかなか確証がつかめなかった。同社の内部資料は日本語や韓国語、中国語が混ざっており、社内独自の専門用語の意味を読み解けなかったからだ。
このため、国際報道部の林望デスク(現・中国総局長)が呼びかけ、サイバーセキュリティー担当の須藤龍也編集委員ら5人による取材班を3月15日に立ち上げた。丸3日間、部屋にこもって資料の分析をした。チャート図をつくりながら議論をしつつ、専門家を招いて法的な問題点についても詰めた。
その半月前、LINEはヤフーを傘下に持つZホールディングス(ZHD)と統合し、総ユーザー数約3億人の巨大デジタルプラットフォーマーとなっていた。
LINEの回答は二転三転
取材結果を確認するため、同15日に東京・永田町近くのZHD本社に向かった。会議室で同社幹部ら二十数人と向き合い、取材班が把握した文書や証言を示しながら一つひとつ事実関係を確認した。
幹部らはLINE中国や関連会社の技術者が、利用者の個人情報がある日本のサーバーにアクセスしたことを認めたものの、「適切な権限を持った者だけがアクセスでき、その履歴は残っています」と強調した。
ところが、その人数や件数は把握していなかった。3日間計6時間に及ぶやりとりを重ねた末、LINE側はようやく「中国人技術者4人が32回アクセスしていた」という説明に至った。それも回答は二転三転した。
利用者のデータが中国政府や外部に流出した可能性について、LINE幹部は「漏えいは現時点で確認していない」と説明した。ただ、確認できたのは20年3月から1年間のみで、それ以前のアクセスについて記録が残されていなかった。
つまり、同社は利用者の個人情報が、中国政府を含めた第三者に流出していないことを、完全に証明できたわけではないのだ。そもそも取材班が問い合わせるまで、同社は日本のサーバーにアクセスしていた中国人の人数や件数すら把握していなかったわけだから、「適切なアクセス」だったかどうか、確認していなかったと言わざるをえない。
さらに問題なのが、中国政府が17年に施行した国家情報法の存在だ。「いかなる組織及び国民も、国家の諜報活動に協力しなければならない」と、国への情報提供を義務づけている。しかも、LINE中国が設立されたのは、その翌年だ。

右は舛田淳・取締役最高戦略マーケティング責任者
=2021年3月23日午後7時36分、東京都港区、池田良撮影(朝日新聞社提供)
今回の報道を受けて3月23日に会見したLINEの出澤剛社長は「潮目の変化などを見落としていたのが偽らざるところ。ユーザーへの配慮が足りなかった」と謝罪した。
その1か月後、今回の報道を受けて調査に乗り出した政府の個人情報保護委員会は4月23日、LINEに対し、委託先から個人データにアクセスできる権限の範囲を十分検討していなかったと認定し、個人情報保護法に基づく改善を指導した。総務省も同27日、LINEのアクセス権限の管理が不十分だったと判断、電気通信事業法に基づき、改善を指導した。

=2021年3月23日午後6時15分、東京都千代田区、山本裕之撮影(朝日新聞社提供)
LINEが単なる通話アプリならば、これで幕引きでもよいのかもしれない。しかし、日本でのLINE利用者は約8600万人。約900の自治体が、保育所の入所申請や住民の相談窓口、納税事務などでLINEの「公式アカウント」を使っていた。もはや国や自治体の重要な個人情報を扱う「公共インフラ」と言える存在となったのだ。
今回の問題発覚を受け、政府が調べたところ、政府内では、調査対象の23機関のうち18機関の計221業務でLINEが使われ、そのうち44業務では機密性のある情報を扱っていた。自治体では1788のうち1158自治体の計3193業務で使われ、そのうち719業務で住民の個人情報を扱っていた。こうした情報を扱う業務には、いじめ・虐待や自殺などの相談が含まれていた。また、職員同士が個人アカウントで業務連絡をしているケースもあった。あわせて政府は、住民の個人情報を含む機密性のある情報を扱うことを原則禁止にした上で、個人アカウントを使った業務連絡についても認めない、とする指針をまとめた。

=2021年4月23日、東京都千代田区(朝日新聞社提供)
実際、LINEを使っていない政治家や官僚はほとんどいないと言ってもいいだろう。各国の日本大使館が国際会議の運営をする際の事務連絡に使ったり、国会議員が議連の意見交換にも使ったりしている。こうした情報が他国に流出すれば、外交交渉などに支障が出たり不利になったりする可能性も否定できない。日本政府の要人の健康状態やプライベートに関わる情報が流出することもありうる。
今回の一連の問題は、個人情報保護法に関わる形式的な問題にとどまらない。まさに日本の安全保障を脅かしかねないリスクをはらんでいるのだ。
デジタルプラットフォーマーは、いわば報道機関に続く「第5の権力」とも言われる存在になった。特に日本では、ヤフーやLINEなどのニュースが普及しており、既存メディアを上回る影響力を持つようになった。プラットフォーマーにニュースを提供して収入を得ている報道機関も少なくなく、ニュースを採用するかどうかの生殺与奪の権を握っている。
「IT国際調査報道」の発展を
今回の一連の報道後、専門家から「メディアはプラットフォーム権力への番犬という新たな役割を担った」という評価をいただいた。巨大IT企業の情報管理の態勢や政府の事業への関与などを監視していくことは、デジタル社会において新たな報道機関の使命となっている。
ただ、今回の取材過程を振り返っても、決して順風満帆ではなかった。IT分野の知識と語学力を兼ね備えた記者は多くはない。各部にまたがる取材態勢づくりも順調とは言えなかった。さまざまな偶然が重なって何とか記事化できたというのが偽らざるところだ。
多国間にまたがるITを駆使した今回のような調査報道は緒に就いたばかりだ。コロナ禍で対面取材や海外出張がままならない中、苦肉の策として使った手法とも言える。外国メディアへの引き締めを強め、現地取材が難しくなっている中国のような強権体制への取材にも応用できる取材手法だろう。中国上海市当局が内部で作成していた監視リストの存在を英豪のジャーナリストと協力して調べた「上海市、監視リストか 日本人895人含む9万人情報 豪の調査会社」(朝日新聞6月10日付朝刊)がその一例だ。
今回の報道がきっかけとなり、「IT国際調査報道」の発展につながることを願ってやまない。
<筆者プロフィール>

峯村健司(みねむら・けんじ)氏
朝日新聞社
「LINE」問題調査報道取材班
(代表)東京本社編集局編集委員
(2021年11月10日)