取材を振り返る〖寄稿〗

重層的な発信で全容解明へ【寄稿】

「国土交通省による基幹統計の不正をめぐる一連のスクープと関連報道」受賞報告

朝日新聞社・伊藤嘉孝氏

昨年、梅雨が明けきらぬころだった。東京本社社会部の調査報道班の記者らが、一つの情報に触れた。建設の統計をめぐり都道府県の職員らが国に不満を持っているようだ――。
「建設工事受注動態統計」という耳慣れないその統計の年総額は100兆円にも上り、国内総生産(GDP)の算出にも関係していた。国土交通省のホームページに引っかかる記述が見つかった。「翌月に実績があったものとして計上している」。月次統計に別の月の実績を混ぜていることに違和感があった。

「指示通りの作業をしただけ」

伊藤氏(朝日新聞社提供)

この統計は、全国約1万2千の事業者が毎月、受注実績を記入する「調査票」をもとに計算される。調査票を回収し、国交省へ届けることが都道府県の職員らの役割だった。経済指標などの分野に強い柴田秀並記者が中心となり、職員らに正面から仕事の内容を尋ねてみることにした。
ある県の庁舎で、職員の説明に記者らが息をのんだのは猛暑の日だった。「消しゴムで消して、というやり方ですね」「まとめて、足し上げて」。民間から提出された数字を公務員が無断で消して書き換える、という説明だった。改ざんではないのか。疑念が膨らんだ。
複数の自治体に足を運ぶうちに、書き換え作業について説明する「指示書」が、国交省から自治体に配られていることが確認できた。約半年分の受注実績を、1か月分の受注実績だったかのように、大幅に書き換えるケースがあるとの証言も得られた。職員らはさほど警戒する様子もなく話を聞かせてくれた。あくまで国交省の指示通りの作業をしただけ、という立場だったからだろう。

朝日新聞が入手した国土交通省の都道府県向けの説明資料。業者が遅れて提出した調査票の受注実績を消し、最新月の数字のように書き換える指示が示されていた(朝日新聞社提供)

調査報道担当の佐々木隆広デスク(現ゼネラルマネジャー補佐)が、「国主導の重大なデータ改ざんではないか」との問題意識を打ち出し、さらに本腰を入れてこの件に取り組もうと号令をかけたのは、このころだった。そこから、専門家への取材を重ねるなどして、データの書き換えにより二重計上が生じ、統計が過大になってしまっている可能性があることも明確になっていった。
本丸への最初の「じか当たり」に踏み切ったのは8月後半だった。この統計を担当する国交省の建設経済統計調査室に取材を申し込んだ。すると、面会に応じた担当者はあっけないほどすぐに「毎月の数字としては足し上げられていて正確ではないというのはその通り」と認めた。そして「どういう大きさの案件なのかは我々も正直わからない」と口にした。とくに問題視しているような様子も、深刻に捉えている様子も、うかがえなかった。
同じ時期に会計検査院が、2018年末に発覚した厚生労働省所管の「毎月勤労統計」の不正を受けて実施した全ての基幹統計を対象とする検査の結果を公表した。全100ページ超の報告書の中盤で、記者らが追っていたデータの書き換えについてもわずかに触れられてはいた。ただ、二重計上が生じ統計が過大になっていることへの言及はなかった。重大だとまでは捉えられていないことが読み取れた。

専門家の力を借りて分析重ねる

目くじらを立てるようなことではないということなのだろうか――。取材班の自信は、正直、揺らいだ。そして、自信が揺らぐ程度にしか取材ができていなかったことを痛感した。恥ずかしい話だが、あとから振り返ってみると、「わかったつもり」に陥っていた点がいくつもあった。
そもそも取材班には、統計や数学について高い専門性を持った記者がいるわけではない。反省を踏まえて、さらに専門家の力を借りながら勉強と理解、納得を重ねた。
そうしていくなかで、「景気予測の達人」とも呼ばれる第一生命経済研究所のシニアエグゼクティブエコノミストの新家義貴氏は「集計段階で生の数字をいじられると、どうしようもない。我々は出てきた数字を信じるしかないですから」と言った。東京財団政策研究所の主席研究員で法政大教授の平田英明氏は、日銀マン時代の統計づくりの経験を踏まえ、「恣意しい的に生データに手を加えることはご法度だ」と言い、過去の不正な統計が修正されぬままになっている恐れがあると指摘。「隠蔽いんぺいを疑われても仕方がない状況だ」と憤った。さらに取材を重ねたが、問題への評価の根幹は最終的に、どの専門家も同じだった。
法律家の見解も聞いて回り、公開資料もできる限り手に入れた。ほぼ蔵書が存在しない総務省出版の「逐条解説 統計法」の文面を手に入れるためだけに、遠くまで出張したこともあった。取材メモ、公表資料、法令文面を合わせた束の厚さは20センチほどになった。読み込み、専門家の知見を借りて分析を重ねて、ニュース価値に自信を持てる状態に至ったころには年の瀬が迫っていた。
統計は私たちが暮らす社会の状態を映す鏡であり、健康診断のデータのようなものだ。政策立案や民間の経営判断に使われている。その生データが消しゴムと鉛筆で書き換えられ、二重計上が生じ、統計が過大になっている。不正な状態は、毎月勤労統計調査の不正が発覚した後も続き、表沙汰にならぬよう工作が行われた形跡もある――。こう確信して、国交省の建設経済統計調査室を再訪したのは12月14日。対応した室長らは、不正の根幹を全て認めた。

追及緩めず政府に迫る

統計の専門家や元検事ら第三者による検証委員会から、報告書を受け取る斉藤鉄夫・国土交通相(右)
=2022年1月14日、東京都千代田区(朝日新聞社提供)

ただ、ハードルはもう一つあった。執筆作業だ。今回の不正の構図は単純とは言いがたい。むしろ複雑でややこしい類いのものだと思う。個人の暮らしへの影響も実感しにくい。広く一般に問題視されるニュースになるかどうか、不安だった。一方で、複雑さや、ややこしさが隠れみのとなり、重大な不正が見過ごされたり、矮小わいしょう化されたりすることがあってはならないという意地が、取材班にはあった。社内で四方八方から原稿を検証してもらい、たくさんの人が関わって何日も知恵を絞り、不正確にならないぎりぎりのところまで表現をかみ砕いて、なんとか記事を練り上げた。
朝刊1面で「国交省、基幹統計書き換え」「8年前から二重計上」「法違反の恐れ」と報じたのは12月15日だった。国会では、岸田文雄首相が事実関係を認めて「大変遺憾」「再発防止に努めなければならない」と述べ、斉藤鉄夫国交相は陳謝した。岸田氏は第三者による検証の必要性については明言を避けたが、翌16日付朝刊で「国交省、自ら統計書き換え 検査院の指摘後 今春まで1年超」と報じると、その日のうちに、第三者委員会を設置するよう斉藤国交相に指示したと明らかにした。

朝日新聞が朝刊1面で「国交省、基幹統計書き換え」と報じた2021年12月15日の衆院予算委員会で、書き換えについて答弁する岸田文雄首相(朝日新聞社提供)

そうしたなか、取材班は岸田氏の答弁のある部分に引っかかりを感じていた。20年1月以降の統計は「改善を行っている」と岸田氏は釈明した。しかし、取材班がつかんだ情報では、20年1月以降も改善されていない可能性があった。強く反応した岡戸佑樹記者(現北海道報道センターデスク)が中心となり、47都道府県全てに一気に電話をかけて「書き換えをやめたのはいつですか」と尋ねた。すると、複数の自治体が、20年1月以降も書き換えを続けていたことを認めた。「国会答弁と矛盾」と朝刊で報じたのは年が明けた1月12日だった。
2日後、首相の指示で設けられた第三者らによる検証委員会が報告書をまとめ、報道の事実が概ね認定された。不正の事実が表沙汰にならぬよう、国交省が組織的な隠蔽工作を行っていた実態も明らかにされた。国交省はその後、事務方トップの事務次官や幹部ら計10人を処分し、斉藤国交相と副大臣、政務官の計6人が給与を自主返納することを発表した。
国会では野党が「改ざん、隠蔽は許されない」「どの程度水増しされたか示すべきだ」と追及した。しかし、不正による影響はどの程度なのか、目安も含めなかなか示されなかった。そこで、複数の専門家の助言を受けながら独自に検討し、公表データをもとに試算して報じたのが、22年1月25日付朝刊の「20年度統計 4兆円過大か」だった。
国交省が、過去の統計の過大額を再集計して訂正をしたのは、それから約半年後の8月。参院選後の臨時国会が閉会した日だった。13年度から8年間の統計は、計34・5兆円も過大になっていた。そのあおりで名目GDPも修正された。不正を原因とするGDPの修正は「記録にない」(内閣府)。影響は政策にも及び、中小企業向けの国のセーフティーネットが機能不全に陥っていた。

組織ジャーナリズムを駆使

一連の報道では、ストレートニュースと平行し、有識者の見解や国際的な視座などを約半年にわたり発信した。経済部、国際報道部、社会部などの多くの記者やデスクが関わった。戦時中に正しいデータが国民に伝えられなかった反省から、国家破綻がささやかれた「ギリシャ危機」に財政赤字の統計の過少公表が関係していたことにいたるまで、多角的に提示した。国家統計は異なる立場の人々が議論する際の共通土台で、民主的な対話を促すものだと主張する海外の識者による「国家統計に手を抜く政府は、国家運営をやる気がないということだ」との意見を紹介したこともあった。こうした重層的な発信は、組織ジャーナリズムを駆使しなければ到底なしえなかったことで、政府に反省と是正を迫る力になったと感じる。
最後に、今回の報道に欠かせなかった要素として強調しておきたいのが、アカデミアとの協働だ。ブレーンとして、ときに取材班の一員かのように、大学教授らから継続的に支えられた。このことなくして、今回の複雑なテーマの報道に至ることはできなかった。社会の複雑化に伴って難易度を増す社会問題に、記者として向き合っていくうえで、アカデミアとの協働には大きな可能性を感じる。深化させ、新しいタイプの調査報道に挑めないか、考えていきたい。

<筆者プロフィール>

朝日新聞社
統計不正問題取材班
(代表)東京本社編集局編集委員

伊藤嘉孝(いとう・よしたか)氏

(2022年10月11日)