闇に埋もれた実態を明らかに【寄稿】
「『海外臓器売買・あっせん』を巡る一連のスクープ」受賞報告
「日本人患者4人が腎臓移植を受けるためNPOの仲介で中央アジア・キルギスに渡り、うち1人が現地の病院で移植手術を受けたところ、一時重篤な状態に陥った」。そんな情報が社会部に寄せられたのは2022年1月だった。
最初に取材を担当したのは、当時20歳代の若手記者だ。手術を受けた50歳代の患者女性に連絡を取り、話を聞いた。
女性は重い腎疾患で人工透析が必要となり、少しでも早く移植を受けたいと、ネットで見つけたNPO法人「難病患者支援の会」(東京)に連絡。移植費用としてNPOに約1850万円を支払い、21年12月にキルギスで手術を受けた。術後に重篤な状態に陥り、帰国後の緊急手術で、移植した腎臓を摘出。その後も入退院を繰り返していた。
ドナーはウクライナ人

取材の中で、女性はこう打ち明けた。「手術は生体移植で、ドナー(臓器提供者)は中年のウクライナ人女性でした」。現地で何度かドナーと会い、言葉を交わしていたというのだ。
親族間の移植を装うためか、ドナーは現地の通訳から簡単な日本語を教わり、「幸せなら手をたたこう」という歌を日本語で口ずさんでいた。ドナーの旅券も偽造されていて、移植手術を受けた女性の旧姓と、ドナーの名前を組み合わせた氏名になっていた。
現地で一体何が起きていたのか。強烈に興味をそそられた。さらに取材するよう指示すると、記者はNPOの内情を知る関係者との接触に成功した。
この関係者は「臓器の対価となる『ドナー費用』は患者1人あたり1万5千ドル(約200万円=当時)で、NPOから『コーディネーター』のトルコ人男性に現金で支払われた」と証言した。トルコ人男性は、臓器売買に関与した疑いで17年にウクライナ当局に逮捕された人物で、NPOはそれを知りながら連携していた。
キルギスでの腎臓移植で臓器売買が行われた疑いは強いと思われた。ただ、関係者の証言だけで記事を書くわけにはいかない。何か裏付けが必要だ。

突破口になったのは、NPOとトルコ人男性が打ち合わせをする場面など、記者が入手した計約10時間分に及ぶ録音・録画記録だった。キルギスで手術を受けられなかった日本人患者3人分の「ドナー費用」計4万5千ドルが、NPOからトルコ人男性に支払い済みであることなどが語られていた。
22年6月、記者2人がキルギスに飛んだ。手術が行われた病院や日本人が滞在したホテルなどを取材するとともに、女性に腎臓を提供したウクライナ人を特定し、「もらった金は娘の学費などに充てた」と語っていることを確認した。患者がNPOに支払った費用の一部が、トルコ人男性を経由してドナーに渡る――。カネの流れがつながった。
「イスタンブール宣言」
「埋もれた事実を掘り起こす調査報道になる。必ずスクープしよう」。取材班はこの前後に人員を拡充し、取材手法や原稿について打ち合わせを重ねた。患者や関係者の証言をさらに集め、法律や制度についても取材した。
1997年に議員立法で制定された臓器移植法は、臓器売買(第11条)や、臓器の無許可あっせん(第12条)を禁じている。複数の専門家が取材に対し、「NPOの活動は法に抵触する可能性がある」との見方を示した。
そもそも海外移植はどれほど悪いことなのか。この点の整理も必要だった。NPOの仲介で移植を受け、健康を取り戻した人がいるのも事実だ。臓器売買も、ドナーが自らの意思で二つある腎臓の片方を売っているとすれば、患者と「ウィン・ウィン」の関係にも見える。
取材班は、2008年に国際移植学会が採択した「イスタンブール宣言」に注目した。宣言は、先進国の住民が途上国などで金銭を支払って臓器移植を受ける「移植ツーリズム」について、「公平、正義、人間の尊厳の尊重といった原則を踏みにじる」として禁止を掲げた。各国に対し、移植用の臓器の自給自足を達成するための努力も求めていた。
日本人が海外で臓器移植を受けていることは国際的に知られており、臓器売買撲滅を目指す国際会議でも批判されていた。まして、医療体制が脆弱な途上国での移植では死者も出ている。記事で警鐘を鳴らす意義は大きいと考えられた。
記者がNPOを直撃すると、NPOは臓器売買への関与を全面的に否定した。臓器売買が「なかった」と言うのではなく、「関与していないので分からない」という回答だった。
こうした取材結果を踏まえ、22年8月7日朝刊1面で「海外移植で臓器売買か 都内NPO仲介 困窮ドナーに200万円」と報じた。不透明な海外移植の存在は一部で知られていたが、金銭授受を含む実態がこれほど詳細に報じられた例はなかったのではないか。記事には、医療関係者を中心に大きな反響があった。
ドナー不足と法の不備
海外移植の背景として浮かんだ重要なポイントが二つあった。
一つ目が、国内のドナー不足だ。21年の人口100万人あたりのドナー数は、日本は0.62人で、1位の米国(41.6人)、2位のスペイン(40.8人)などと比べてはるかに少ない。71か国・地域のうち、63位に低迷している。
内閣府が21年に18歳以上の3千人を対象に行った調査では、死後に臓器提供をしたいと答えた人は約4割に上った。これは米国などに引けを取らない数字で、専門家は「日本でドナーが増えないのは制度に問題があるからだ。臓器提供をして人の役に立ちたいという国民の思いを生かし切れていない」と指摘した。
二つ目のポイントは、法の不備だ。不透明な海外移植はこれまで度々問題化しながら、仲介団体の実態を調査したり、活動内容を把握したりする仕組みが存在しないため、団体の活動は長年、野放しになっていた。また、臓器移植法の無許可あっせん罪は、脳死を含む死者からの移植だけが対象で、生体移植のあっせんは規制されていない。
こうした法の不備や、海外での捜査が難しいことから、警察は過去に何度か海外移植について捜査したものの、いずれも立件を断念していた。
実は、22年8月の最初の報道後、警視庁が水面下で捜査に乗り出したことは早い段階で把握できた。しかし、立件のハードルは高いはずで、刑事事件になるかどうか見当もつかなかった。そこで取材班は、海外移植の問題点を丁寧に報道していくことで、せめて国内のドナー不足や法制度の改善につなげようと考えた。そうしなければ、また同じことが繰り返されると確信していたからだ。
同9月21日の朝刊で「海外臓器移植 調査に壁 国権限なし 専門家『法改正を』」と報じるなど、問題提起を続けた。移植を希望しながら国内でドナーが見つからずに亡くなった子どもの親にも取材し、無念の思いを語ってもらった。

こうしたキャンペーン報道に医療界が反応した。日本移植学会など関係5学会が同12月、不透明な海外移植の根絶を目指す共同声明を発表した。海外移植の問題点を会員の医師らと共有し、患者が海外に向かうのを阻止するとした。取材班は声明が出されるとの情報を事前につかみ、朝刊1面に記事を掲載した。
「NPO理事長逮捕」。その一報が入ったのは、23年2月8日だった。警視庁担当の記者たちが確認に走り、翌9日の朝刊1面で伝えた。ベラルーシでの移植を日本人患者に無許可であっせんした疑いで、生体移植ではなく、死者の臓器のあっせんだったとされる。このベラルーシの移植でも患者が術後に容体を悪化させ、死亡していた。

警視庁は発表の際、当紙の報道が捜査の端緒だったことを明らかにした。海外移植の立件は初めてで、現場が海外でも臓器の売買や無許可あっせんが罪に問われることが明確に示された。
事件に発展した影響は大きく、岸田文雄首相は同27日の衆院予算委員会で、法や制度の不備について「実効性のある対策を検討する」と表明した。自民党の臓器移植に関する議員連盟は5月末、国内のドナー不足解消に向け、病院と臓器あっせん機関「日本臓器移植ネットワーク」が脳死可能性のある患者情報を早期に共有する制度の創設を提言した。
厚生労働省は海外移植の実態調査を行い、6月に結果を公表。海外で移植を受けて帰国後に通院中の患者は543人(3月末時点)、渡航先は中国や東南アジア、中南米など25の国・地域に上り、少なくとも四つの仲介団体(名称は非公表)が関与していた。
7月には取材班の記者がトルコに入り、NPOと連携していたトルコ人男性を直撃した。男性は臓器売買に関与した疑いで5月からトルコ当局の捜査を受けていると認めた上で「私の経験上、臓器移植の50%はドナーに関する偽の書類を使って合法的な移植を装っている。世界中どこでもそうだ」などと語り、国際的な臓器売買網の一端を明らかにした。
調査報道の力
一連の報道は、国際的に強く批判されている海外移植に日本のNPOが関与していた実態や、患者の命が危険にさらされている事実を浮き彫りにしたことで、警察や行政、国会、学会を次々と動かし、調査報道の持つ力を広く社会に示した。
SNSでは近年、個人の関心に合わせた情報が次々と押し寄せ、フェイクニュースも拡散・増幅されている。情報過多で何が本当なのかが見えにくい時代だからこそ、事実を掘り下げて正確に報じる調査報道が欠かせない。
報道にあたっては、スクープなどの重要な記事を掲載する前に第三者的な立場から内容をチェックする社内組織「適正報道委員会」の審査を受けた。事実の裏付けが十分かどうか細部まで確認を重ね、公正公平な報道のため、NPOの主張にも相応の紙面を割いた。
23年上半期の国内のドナー数(脳死・心停止)は過去最多の79人に上った。海外に比べればまだ大きく見劣りするが、報道が社会の関心を高めることに少しでも貢献したのであれば幸いだ。
法や制度の見直しに向けた議論はまだ始まったばかりでもある。臓器移植で救われる命が一つでも増えるよう取材と報道を続けていきたい。
<筆者プロフィール>

読売新聞東京本社
海外臓器売買・あっせん取材班
(代表)編集局社会部次長
佐藤直信(さとう・なおのぶ)氏
(2023年10月11日)