新聞について聞きました!著名人インタビュー

深掘りした物語の提示を 2014年10月

為末大・アスリートソサエティ代表理事

 新聞は記者が多く、その質が高い。裏をしっかりとることが新聞の一番の力ではないか。スポーツが記憶に残るという点では、若い世代は映像の印象が大きいのだろうが、ある程度、年齢が上がれば「活字で読ませる」という強みがあるはずだ。

 ある競技が人気になるには、伝える媒体が必要だ。フェンシングは太田雄貴選手の北京五輪個人銀メダルだけでなく、競技自体にもフォーカスが当たった。一方、メディアは影響力が強いので全体を一つの方向に流してしまうことがある。選手への期待をあおる時は、悪い面が出がちだ。それは読者が望んでいる側面もあるし、ビジネスなので仕方ないとしても、その中で「本質」が突っ込まれるといい。

 そもそも、メディアが存在しないと、スポーツは職業として成り立たない。報道されずに、どうスポンサーを付け、入場料を取るか。選手側の話になるが、今の選手たちの取材対応は10年後、20年後の自身の競技の隆盛、スポーツ界全体が社会に受け入れられるかに影響する。その感覚が日本選手は極めて薄い。

 東京五輪に向けて、メディアが選手を褒めてばかりいたとする。人間は「高い所」にいる者を落としたがるもの。はしごを外したい欲求が読者に出てきたとき、一気にたたく方向に振れる可能性があると思う。きれいに取り繕うことは、必ずしも選手のメリットにならない。互いに良い距離感を探っていくことだ。

 これからテクノロジーはさらに発達し、さまざまなデータを取れる時代になっていくだろう。新聞にとってチャンスではないか。心拍数を測れる素材が開発されたが、軽量化するとユニホームになる可能性がある。100mを走る間の心拍数や、緊張時の心拍数が取れるようになると、いろいろなものが見えてくる。そして、伝えたいものを、いかにデザインやビジュアルに落とし込むか。そういう報道が習熟していけば、スポーツを面白いと思ってもらえる人が増えると期待している。

 すぐに試合の動画は見られても、その背景は分からない。選手がミスをした瞬間、地面をたたいた意味。「3年前に同じ状況があって、また同じ失敗を犯したんだ」と書けるとか。歴史から読み取り、現在の行動を見ることができるのは、膨大なデータと洞察力が要る。いくらインターネットが発達したとしても、情報と情報を結び付け、深掘りしたストーリーを提示するのは人間の作業だ。特に新聞に求められる役割だと思っている。

為末大(ためすえ・だい)
1978年広島県生まれ。陸上男子400m障害日本記録保持者。2001年、05年世界選手権でそれぞれ銅メダルを獲得。五輪は00年シドニーから3大会連続出場。アスリートと社会の関わりを支援する一般社団法人「アスリートソサエティ」代表理事を務める。