新聞について聞きました!著名人インタビュー

軽減税率は未来への投資 2015年10月

姜尚中・東大名誉教授

 毎朝だいたい全国紙と地方紙3~5紙に目を通す。1時間以上かかることもあるが、これがなければ1日が始まらない。食事のようなものだ。

 即時性や利便性では電子メディアに劣るかもしれないが、新聞には一覧性があり、ニュースの重要性も一目で分かる。少しでも物事を深く知ろうとする人々には欠かせない「情報の広場」だ。日本ほど社会の隅々に新聞が行き渡っている国は世界にもないだろう。それが日本の高い「文化力」を支えてきた。

 ただ、かつてと違い、今や地方と都市の格差は開くばかりだ。特に全国紙には、地方の事情に応じた多様性のある紙面を作ってほしいと思う。

 活字が他の媒体と違うのは、反すうできるところだ。自身を顧みて思考を深めることができる。日本のノーベル賞受賞者の多くは、文系と理系が融合した旧制高校的な環境で育った人たちだ。活字メディアが衰えれば、ノーベル賞学者は出なくなるのではないか。

 しかし、新聞を読まない人が増え、雑誌も書籍も厳しい状況だ。かつて論壇を支えた総合雑誌は次々に姿を消し「新書ブーム」も去った。

 こうした状況で10%の消費税がかけられたらどうなるか。専門書は必ず買う人がいるからまだいいが、新聞や雑誌、新書など「ややアカデミック」な領域の出版物が相当な打撃を受けるだろう。人々にとって、どうしても買わなければならないものではないからだ。

 でも、文化というのは本来、そういうところから生まれるものだ。

 「必需品かどうか」で線を引くというのであれば、食料品を生命の再生産に不可欠な必需品とするなら、新聞や書籍は心や精神の再生産のための必需品だ。ほとんどの先進国が新聞や書籍に軽減税率を適用しているのはそのためだ。

 ただでさえ、若い世代の文章読解力の低下が指摘されている。新聞や書籍に対する消費増税は「意図せざる愚民化政策」とさえ言える。

 新聞・出版業界の売上高は日本経済全体から見ればわずかで、消費増税による税収増はそれほどの額ではない。税率の軽減は業界への「お目こぼし」ではない。未来への投資として、必要だからこそ行われるべきなのだ。

姜尚中(かん・さんじゅん)
1950年熊本県生まれ。早大大学院政治学研究科博士課程修了。東大大学院教授、聖学院大学長などを経て東大名誉教授。専攻は政治学・政治思想史。「在日」「悩む力」「ナショナリズム」など著書多数。テレビでも活躍。