新聞について聞きました!著名人インタビュー

新聞は人生の道しるべ 2015年4月

鎌田實・医師、作家

 小さい頃のわが家は貧しく、父も小学校しか出ていない人だったが、新聞は熱心に読んでいた。家にテレビはなく、僕も新聞を読むのが日課だった。夏休み、みんなが海水浴に行くのに僕はどこにも連れて行ってもらえなかった。だが、いつか大人になったら同級生の誰よりも世界を飛び回る人間になりたいと、新聞を読みながら思っていた。

 病気がちだった母のような人を治せる職業に就きたいと医学部を目指したのも、40年前に今の病院に来て在宅医療をやり始めたのも、チェルノブイリ原発事故の被災地に医師団を派遣するようになったのも、常に新聞がヒントを与え、生きる道を示してくれてきたように感じている。

 今は僕が子どもの頃よりも格段に格差社会が進み、子どもたちが貧困から抜け出して勉強できるチャンスが少なくなりつつある。子どもが関わる残虐な事件も起きているが、こうした子どもたちはきちんと新聞を読んでいるのだろうか。読んでいれば、自分が社会からどう見られ、自分の人生がどうなっていくか、客観的に考えることができるのにと思うことが少なくない。

 そういう意味では、経済的に苦しい家庭が消費税の増税を機に新聞を取るのをやめてしまうことで、その家の子どもは世界に視野を広げ、環境を変えて自分の人生を自ら切り開いていくチャンスを失ってしまうのではないかと僕は心配している。

 子どもに限らず、新聞が持つ力は大きい。世界とつながり、国内の政治や経済の問題を知り、一方で自分が住む地域の細かな問題を見ることもできる。弱者への温かいまなざしを含め、インターネットで探せば必要な情報が手に入るというのとはちょっと違う。地方都市の消滅可能性が言われるが、地方の再生にとっても新聞は大切な「血管」の役割を果たしている。切ってはならないものだ。

 資源のないこの国にとって、一人一人が知識を持ち、考え、議論するということが何よりの宝物のはず。権力者は何も考えず文句を言わないでくれた方が楽だと思うかもしれないが、それではいつかしっぺ返しが来る。新聞には時の権力を忖度(そんたく)せず、言うべきことを言うべき時に言う姿勢を貫いてほしい。

鎌田實(かまた・みのる)
1948年東京生まれ。東京医科歯科大卒。74年、長野県茅野市の諏訪中央病院に赴任後、地域医療や在宅ケアに力を注ぎ、88年院長、2005年から名誉院長。近年はイラクで住民への医療支援にも取り組む。「がんばらない」など著書多数。