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2003年6月
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裁判員制度に報道規制の恐れ
――新聞協会編集委員会が見解発表

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個人情報保護法が成立
――報道の自由脅かすとの反対も

* アンマンの空港で毎日新聞記者の所持品爆発で空港職員1人死亡、5人負傷
同記者に実刑1年6月、毎日は関係者を処分
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SARSでアセアン記者研修を延期

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-- 日本記者クラブ理事長に北村正任氏(毎日)を再選
-- 新聞2社がミニカー「チョロQ」を販促用に製作、読者に好評
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今月の話題>>>
イラク戦争
現地、周辺国に記者投入、従軍取材には一定の評価
――バランスのとれた紙面展開目指した日本の新聞・通信社
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裁判員制度に報道規制の恐れ
――新聞協会編集委員会が見解発表

日本新聞協会編集委員会は5月16日、司法制度改革推進本部「裁判員制度・刑事検討会」のヒアリングで、検討されている裁判員制度が取材・報道の自由を脅かしかねない内容を含んでいるとして、慎重な対応を求める見解を示した。編集委員会は新聞協会加盟の新聞・通信・放送58社の編集・報道局長で構成。

日本の裁判制度では、審理・評決はすべて専門の裁判官によって行われ、欧米の陪審員制度に当たるものはないため、刑事司法に対する国民の理解・支持が深まらないとの指摘もある。そこで、裁判の透明性を高め審理の迅速化を促し、評決に一般国民の感覚を反映させることが、必要だとして、刑事裁判の審理・評決に一般国民が参加する「裁判制度」の検討が進められている。

しかし、この検討の中で、(1)裁判員に予断を与えないために何らかの取材・報道規制が必要であるとの意見が出された、(2)さらに今年3月に同推進本部事務局が示した原案(裁判員制度を議論するための「たたき台」)が、裁判員へ過剰な守秘義務を課したり、裁判員等への接触を規制したりするなど、報道・表現の自由を実質的に制限する内容となっている――ことから、裁判員制度が導入された場合に備え、編集委員会は同見解をまとめた。

同見解では、今後の制度設計にあたっては「開かれた司法」の実現という観点から、「表現の自由」「報道の自由」に十分配慮することを求めた。

さらに次のように主張した。

(1)裁判員等の個人情報をすべて非公開にするような制度設計にはしない

(2)裁判員を退いた人にまで接触禁止の網をかけない

(3)裁判員等に守秘義務が課せられる内容の範囲や期限をより明確にする

(4)「報道機関は事件を報道するにあたり裁判員等に事件に関する偏見を生じさせないよう配慮する」との「偏見報道禁止」等の規定は、たとえ訓示規定であっても実質的に事件・裁判に関する報道を規制するものになり、恣(し)意的な運用を導く恐れが強く全面削除する

16日のヒアリングでは民間放送局で構成する日本民間放送連盟と雑誌社で構成する日本雑誌協会も、新聞協会と同様の見解を示した。

ヒアリングを受けて20日に開かれた裁判員制度・刑事検討会では素案に盛り込まれた報道規制にかかわる規定に関し意見交換が行われた。

裁判員制度・刑事検討会は裁判官、法学者、弁護士、マスコミ関係者ら10人で構成。2人が編集委員会の見解を支持したが、多くの委員が基本的に素案の規定を支持した。

政府は2004年中に裁判員制度に関する法案を国会提出する予定。


個人情報保護法が成立
――報道の自由脅かすとの反対も

個人情報保護法案と関連法案が5月23日、参院本会議で与党三党の賛成多数で可決され、成立した。国、地方自治体の責務等を定めた部分は成立から約1週間後の公布とともに施行となるが、民間事業者への義務や罰則を定めた事項は、公布後2年以内の政令で定める日からの施行となる。

同法案に関しては「施行後3年をめどとして検討を加え、必要な措置を講ずる」「国民生活審議会は法の施行状況の把握に努め、必要な意見を述べる」などの付帯決議が付いた。

同法の基となった旧個人情報保護法案は、2001年3月、国会に提出された。同法案は、「利用目的による制限」「適正な取得」「透明性の確保」等の基本原則を、努力義務として報道機関も含め民間事業者に例外なく課すとしたことなどから、報道関係者らが「メディア規制につながる」と強く反発。新聞協会も理事会が2002年4月24日、人権擁護法案とあわせて「報道機関の死活にかかわり、断固反対する」との緊急声明を公表するなど、繰り返し法案に反対してきた(2002年5月号参照)。

各界の強い反対を受け、旧法案は廃案となり、政府は今年3月、新法案を通常国会に提出していた。

新法案では基本原則が削除されたほか、主務大臣の権限に関し報道の自由に配慮した規定が加えられ、義務規定の適用除外対象となる報道機関に個人も含むことが明記された。また、初めて報道を、「不特定かつ多数の者に対して客観的事実を事実として知らせること(これに基づいて意見または見解を述べることを含む)」と定義した。

しかし、個人情報保護法については「言論・出版の自由を脅かす危険性の高い」などの反対の声は根強い。



アンマンの空港で毎日新聞記者の所持品爆発で空港職員1人死亡、5人負傷
同記者に実刑1年6月、毎日は関係者を処分

ヨルダン・アンマンのクイーンアリア国際空港の出発ターミナルで5月1日午後6時50分ごろ、毎日新聞東京本社写真部の五味宏基(ごみ・ひろき)記者が所持していた釣り鐘形の物体が爆発、空港職員1人が死亡、4人が負傷した。五味記者はヨルダン当局に逮捕され、6月1日、国家治安裁判所から、過失致死罪と同傷害罪で禁固1年6月の実刑判決を下された。同記者の弁護士と検事総長の双方は6月2日、控訴しないとの書類に署名し、五味被告の判決が確定した。

毎日新聞によると、五味被告の弁護士は2日、アブドラ・ヨルダン国王による特赦を申請した。同弁護士は申請理由について「五味被告に故意のない爆発事故だった」と述べたという。

爆発した物体は、イラク内の道路脇に放置されていたクラスター爆弾の子爆弾で、五味記者は爆発し終わった残がいだと思い所持していた。

事件発生を受け斉藤明(さいとう・あきら)代表取締役社長が7日未明、北村正任(きたむら・まさとう)常務取締役主筆とともにアンマンに赴き、空港治安当局の最高責任者であるアブドラ・シュデイファト司令官やアドワン情報相に面会し謝罪、亡くなった職員の遺族宅を弔問した。八日には、アブドラ国王とラガダン王宮で会談し謝罪、また、負傷者を見舞った。

毎日新聞は事件を一報した5月2日付夕刊におわびを掲載するとともに、5月3日朝刊であらためて、「亡くなられた方のご冥福を心からお祈りすると共に、ご遺族、負傷された方々に深くおわびし、誠意を持って対応させていただく。記者個人の過失とはいえ、毎日新聞社としての責任を痛感しており、事件解明の進展を待って、管理、指導する立場の者も含めた責任の所在を明確にする」との社告を掲載した。

また、現地の主要2紙「アルライ」「アッデスツール」に5月6日、謝罪広告を掲載した。

5月14日付朝刊に2ページ見開きで、五味記者からの手紙の要旨、事件経過報告などを掲載した。

その中で「毎日新聞社が前面に立ち、おわびをするとともに誠意をもって対応する。知り得た事実を隠すことを避けるのはもちろん、毎日新聞が記事にするものについては事前に各社に発表する情報公開の方針を決めた」と社の姿勢を説明した。

五味記者は手紙のなかで謝罪のうえで「信じてもらいたいのは、決してこの爆発したものが、その可能性があると思って持ち出したものではない。一人のバカな写真記者の仕出かした行為で、世界中で活躍する(マスコミの)皆さまに大きなご迷惑をおかけした」と述べた。

毎日新聞社は19日、五味記者が起訴されたのを受け、「斉藤社長は当分の間、取締役報酬を全額返上する」などの関係者の処分を発表した。 



SARSでアセアン記者研修を延期

新聞協会は14日、新型肺炎(重症急性呼吸器症候群=SARS)がアジア地域を中心に猛威を振るっている状況を考慮し、6月5日から7月3日の日程で実施を予定していた第26回アセアン記者研修計画の無期延期を決めた。

アセアン記者研修計画では7か国から計14人の記者を招き、日本への理解を深めてもらう予定だった。


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日本記者クラブ理事長に北村正任氏(毎日)を再選

社団法人日本記者クラブは、五月二十三日開催の総会・理事会で、第十六期の理事長に北村正任氏(毎日新聞社常務取締役主筆)を再選した。副理事長には君和田正夫氏(朝日新聞社専務取締役)と小林昂氏(日本テレビ放送網取締役執行役員専務)が、専務理事には岩崎玄道氏がそれぞれ選出された。

日本記者クラブは1969年11月に、わが国の主要な新聞、通信、放送各社が協力して設立したナショナル・プレスクラブ。現在、在日外国特派員なども含め約3000人の会員で構成されている。国、公賓など諸外国の要人のほか、国内の重要ニュースソースの関係者を迎え、昼食会、記者会見を開催し、国民の知る権利に奉仕するよう努めている。


新聞2社がミニカー「チョロQ」を販促用に製作、読者に好評

読売新聞東京本社と北海道新聞社は、新聞購読促進用グッズとして、がん具メーカー・タカラの製造する全長48ミリのミニカー「チョロQ」(写真)を活用、読者から好評を得ている。チョロQ人気にあやかり、販促用にタカラに発注したもの。

読売は夕刊購読促進のマスコットをプリントしたバス型チョロQを6万個製作、東京本社管内の販売所に配布した。販売局に入手方法の問い合わせも多いという。担当者は「夕刊の新規読者向けに製作したが、新聞販売所の判断でPRに自由に利用してもらっている。マスコットを通じて、新聞に親しみを持ってもらえるのではないか」と話している。

一方、北海道新聞社は、昨夏、新規購読キャンペーンの販促物として、紙名をプリントしたバス型チョロQを2万数千個製作、イベント会場などでも配布。読者から大きな反響を得たため、今春、第二弾として札幌市内を走る新聞輸送車をデザインしたチョロQを1万個作り、販売所を通じて読者に提供している。

第三弾は、7月をめどに系列の道新スポーツの販促用として、スポーツカー型チョロQの製作を企画している。

「チョロQ」は1980年の発売以来、子どもから大人にまでコレクターを持つロングセラー商品となっている。タカラによると、これまでに5000種類以上、累計1億2,600万台が販売されているという。

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今月の話題>>>

イラク戦争
現地、周辺国に記者投入、従軍取材には一定の評価
――バランスのとれた紙面展開目指した日本の新聞・通信社

先のイラク戦争で日本の新聞・通信各社は、イラクのほか周辺国に記者を投入、戦況を伝えた。従軍取材には計8人が参加、また、陸路クウェートからイラク領内に北進した海兵隊や陸軍の部隊に同行したほか、ペルシャ湾上に展開する海軍の空母に乗艦した。各社とも記者の安全確保を最優先課題に据えたが、戦闘に巻き込まれた記者もいるなど予想以上に厳しい取材が続いたという。負傷した記者はいなかった。各社とも米軍側からの情報だけでなくバグダッドに残った現地通信員やフリーライターからの情報を活用するなど、多角的視点からの報道を試みた。

【取材体制】

イラク周辺には、朝日新聞、毎日新聞、読売新聞、東京新聞、共同通信が10人以上の記者を派遣。開戦後は、バグダッドに陸路で行けるヨルダン、米英の陸軍突入経路となったクウェート、米軍司令部が置かれたカタールのほか、エジプト、トルコなどが主な取材拠点となった。

朝日は2人の従軍取材を含めて、ヨルダンの首都アンマンを中心に約20人を配置。毎日はイラク北部のクルド人自治区にイラン経由で記者を入れた。また、査証を取りにくかったというサウジアラビアにも記者を置き、総勢14人が現地取材にあたった。読売は18人、東京も14人の取材体制を敷いた。

共同も3人の従軍取材記者を含め17人の記者を投入。このほか、バクダッドからは通信員がリポートを届けた。イラク北部のクルド人自治区にも記者を残した。

時事通信はクウェートやエジプト等に7人の取材体制を組んだ。

一方、産経新聞は「現地の雑感で紙面を作る時代ではない」との判断から、現地の取材陣はクウェート、アンマンなどに5人を置くにとどめた。日本経済新聞も記者4人をバーレーン支局に置くにとどめた。


【従軍取材】

日本の新聞、通信社の従軍取材では、朝日が海兵隊と海軍に各1人、毎日、読売、東京は海軍に各1人、共同は陸軍に2人、海軍に1人を送った。読売は、トルコ側からイラクに入る陸軍部隊への割り当ても得たが、トルコ議会の協力を得られず作戦変更となったため、海軍だけとなった。

今回の従軍取材については、日本との通信が許可される時間帯などに制限はあったが、記事の検閲などはなく、各社とも一定の評価を下している。

各紙の報道担当者からは次のような意見が聞かれた。

「情報戦争の中で、従軍取材に抵抗がなかったといえばうそになるが、戦争の断片は伝えられたと思う」

「従軍取材では全体情勢が見えない面がある。しかし、その点は本社で総合判断できる米軍の発表に頼らない報道ができた」

「従軍記者には『記者としての視点を見失うな』『兵士と自分を同一化するな』といった視点とともに、攻撃され倒れるイラク兵や市民の表情、様子を伝えるよう指示した」

一方、従軍を申請しなかった社には「記者の安全とともに、戦争の実情を伝える上での効果に疑問がある」との判断があった。


【安全確保】

各社との記者の安全確保を最優先したが、共同の記者が従軍した軍は、バグダッドの住宅街に突入し、イラク兵から激しい銃撃を受けた。「予想以上に危険だった。従軍取材では、戦闘に巻き込まれる可能性が常にあるとの認識をクリアに持つ必要がある。認識が甘かったと反省している」と担当者は話す。

朝日の記者が従軍した海兵隊は、イラク兵の待ち伏せ攻撃を受けた。朝日は、隊がバグダッドに入る約10日前から記者の離脱を米軍に要請していたが、離脱できたのは、バグダッド入り直前だった。「軍は、記者が離脱を求めた際はエスコートをつけて安全に離脱させることを約束していた。しかし、実際に戦闘が始まると、離脱は簡単ではなかった」という。


【バグダッドでの取材】

3月17日、共同の記者がヨルダンに退避したのを最後に、バグダッドでは各社の自社記者は不在となった。しかし、バグダッド陥落目前の4月7日には、共同の取材班がバグダッドに戻った。担当者は「バグダッドとアンマンを結ぶ地域は比較的安全だとの情報を得て、再突入した。バグダッド陥落を取材できたことの大きな成果だ」と話す。

朝日、毎日、読売、東京は、11日に陸路でバグダッド入りした。

時事、産経は危険性を見極めるため数日、バグダッド入りを遅らせた。


【紙面づくりの工夫】

記者がバグダッドから退避していた間、共同は、英字紙バグダッド・オブザーバーの元編集長が、バグダッドから送り続けた記事を配信した。同氏は湾岸戦争直後から共同の現地通信員を務めている。

読売もバグダッドに残った元ロイター通信バグダッド支局長の署名記事を随時掲載。また、提携紙のロサンゼルス・タイムズ特派員の現地リポートも利用した。

このほか各社とも、バグダッドに残ったイラク人やフリーの日本人記者らと連絡をとって、現地の雑観記事などを掲載した。また、テレビやインターネットの発達でリアルタイムの報道が増えるなか、各社とも専門家のコメントやグラフィックスなどを豊富に掲載し背景説明や解説に力を入れた。

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