2008年 4月22日
中国は現実の直視を

五大陸を巡る北京五輪の聖火リレーが欧米各地で妨害に遭った。チベット問題への中国の対応に対する抗議行動である。ロンドンではデモ隊の三十六人が拘束され、パリ、サンフランシスコでは途中打ち切り、コース変更・短縮を余儀なくされた。今も厳戒態勢の中で聖火が運ばれているが、中国は抗議行動に「五輪精神の冒とく」と反発し続けている。三十二本の社・論説が取り上げた。

過激な抗議に自制求める

〈平和の祭典〉信毎「これが四年に一度の『平和の祭典』を盛り上げるためのイベントなのかと、目を疑いたくなる。(略)『チベットに自由を』『人権を守れ』と意見を表明する権利は、だれもが持っている。しかし、度が過ぎた実力行使となれば、多くの共感を得ることは難しい」、陸奥「警備陣が十重二十重に囲んで、抗議行動の排除を重視するあまり、市民も声援を送ることなく、聖火と聖火ランナーを安全に最終目的地まで送ることに、いかほどの意味があるのかは分からない」、琉球「暴力的な抗議行動によって聖火リレーを妨害する行為は本来あってはならない。過激なデモ隊に自制を求めたい。同時に、なぜ聖火リレーができなくなるほど抗議の声が高まっているかを、中国当局はよく考えるべきだ」。

〈五輪精神〉朝日「五輪を開くことは、開催国のありのままの姿が世界にさらされ、試されることでもある。(略)チベット政策が国際社会でどう受け止められているのか。中国は『ダライ・ラマ派の策動』と切って捨てるのではなく、現実に向かい合うべきだ。中国はスポーツの祭典は政治と切り離すべきだといいたいだろうが、現実にはそうはいかない」、中日・東京「中国政府のように『五輪精神を汚す卑劣な行為』(外務省スポークスマン)と批判し、厳重警備を求めるだけで事態は改善するとは思えない。五輪憲章も『平和でよりよい世界をつくることに貢献する』ことを掲げている。人権や言論・表現の自由の擁護もオリンピック運動の目的である。激しい抗議の背景にチベット騒乱への対応に国際的な疑問が広がっていることを中国政府は直視しなければならない」、産経「北京五輪開催が決まった2001年のIOC総会(モスクワ)で当時の北京市長は『五輪開催までにあらゆる分野で国際標準化を図る』と述べた。五輪憲章に基づき、国際社会に受け入れられる大会にするとの宣言である。この約束をほごにしてほしくはない」。

〈チベットとの対話〉日経「世界から祝福される五輪へとリレーをつなげるためにも、中国政府は人権の擁護を求める国内外の声に虚心に耳を傾け、ダライ・ラマとの対話に踏み切るべきだ。警備を強化しても聖火は守れない。チベットの人権を守ることこそ、聖火を揺らさない最善の道だ」、毎日「胡錦濤国家主席が提起する『調和社会』の建設は、日本を含む国際社会も歓迎するところだ。まずは『調和』の精神に基づき、目に見える形でチベットの人たちとの対話を進めてもらいたい。(略)全世界が北京五輪の開催を喜び合える環境を作り上げるのは、他ならぬ中国政府の責任である」、読売「チベットが求めているのは『高度な自治』であって、独立ではない。だが、断続的に行われてきた中国政府と亡命政府との話し合いは昨年以降、中断したままだ。チベット自治区ラサや周辺地域でのデモ騒動は続いている。中国政府が前向きな対応を何もしなければ、北京五輪にも深刻な影を落とすことになる」、西日本「日本でも長野で聖火が走る。騒動は人ごとではないが、対中関係を配慮してか、福田康夫首相は(チベット問題に)及び腰だ。『冷静に平和的解決を』と述べるにとどめた。来月は胡錦濤国家主席が来日する。友好を深めることも大切だが、時には隣人として、耳の痛いことを直言する必要もあるのではないか」。

世界展開の見直しも言及

〈五輪と聖火〉静岡・大分など「五輪は極力、非政治的な環境で開催されなければならない。IOCがいま発信できるメッセージは聖火リレーの世界展開の見直しだ。聖火は世界を巡る必要はない」、秋田「世界聖火リレーは四年前のアテネ五輪で初めて採用された。今回のような状況なら、もはや世界を巡る必要はなかろう。(略)この際、ギリシャのオリンピアで採火して五輪開催国に運ぶ従来の形に戻すことを、国際オリンピック委員会(IOC)は真剣に検討するべきだ」、新潟「単なるスポーツ大会とは違うのが五輪だ。四年に一度に込められた『平和』の意味は重い。聖なる火を消すことは五輪精神の否定につながる。それでいいのか、どうかだ。今回の聖火リレー騒動を、あらためて近代五輪の理念を思い起こすための警鐘と受け止めたい」。(審査室)

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