2008年 6月17日
一転中止に歴史の影

中国で五月十二日に発生した四川大地震被災者に向けたテントなどの救援物資輸送をめぐり、日中両国政府間で一時、航空自衛隊機の派遣が検討された。近年の両国間の関係改善ぶりを示す動きととらえられたが、日本政府は一転、三十日に自衛隊機による支援物資輸送を見送った。中国国内で自衛隊機の受け入れに反対する世論が沸騰したことに配慮したとされるが、歴史認識に絡む中国国民の複雑な感情を両国政府ともに読み誤ったとの見方が広がった。三十九本の社・論説が取り上げ、歴史の重みをあらためてかみしめる論調が目立った。

サイト上に反発広がる

〈歴史の傷跡〉愛媛「急転直下の方針転換は、中国側の国内世論の反発に配慮したものとみられる。日中間の歴史問題が人道支援にまで影を落としたのは残念だ。同時に両国が抱える歴史の複雑さと重さが、あらためて浮き彫りになったともいえる」、信毎「中国は旧日本軍が足跡をしるした国である。癒やしきれない傷あとが今も残る。自衛隊に向けられる目も、ほかの国と違って当然である。日本政府は空自派遣に慎重であるべきだった」、大分・上毛など「政府レベルでいくら友好関係をうたっても、長い歴史に裏付けられた国民感情のレベルで、真の友好関係を築き上げるのは容易ではないということをあらためて浮き彫りにした。戦前の旧日本軍による侵略、戦後の『日本軍国主義』批判から、中国の国民には自衛隊に対する根強い抵抗感がある。その不信は一朝一夕の取り組みで解消できるものではないのだ」、中日・東京「中国の民衆は日中戦争当時の『感情の記憶』が強く時に政府の思惑を超えた激しい反応も示す。こうした特徴を踏まえ対中外交を組み立て、民意を変える粘り強い働き掛けをするほかない」、産経「感情的な反発に走るだけでは両国間に真に建設的な関係を構築することはかなわない。中国側には国内政治への思惑もあったのだろうが、自衛隊を受け入れることで過去のわだかまりを払拭(ふっしょく)する好機にしてほしかった」。

〈激しいウェブ世論〉宮崎「自衛隊機の派遣先に想定されていた成都は日中戦争時代に日本軍による爆撃が行われた。ウェブサイトの書き込みが、その点を意識したものかどうかは分からないが、インターネット上の世論には中国政府もたじろぐほどの激しさがあったという」、琉球「政府は地震の発生直後から中国側に、自衛隊機による救援物資の輸送を打診していた。緊急援助隊の活躍が現地の人々の高い評価を受けると、派遣の働き掛けを強めていった。当初、中国側も前向きだったが、国内のウェブサイトに反対論が多数寄せられ、世論の反発がエスカレートしたため最終局面で受け入れを思いとどまったようである」、読売「空自機派遣の環境は、徐々に整ってきていたはずだ。それにもかかわらず、中国のインターネット上で、空自機派遣への反対論が広がった背景には、90年代半ば以降の偏向した愛国主義教育による反日世論がある。中国政府自身が今や、ネット世論の暴走を御し切れないでいる」。

日本は息の長い支援を

〈信頼関係強化を〉日経「福田康夫首相は最近、アジアの防災・防疫ネットワークづくりを提唱した。中国の足元の困難を助ける一方で、将来をにらんだ国際協力の構想も具体化してもらいたい」、南日本「今回の問題を〝しこり〟として引きずっては(未来志向での日中関係が)後戻りしかねない。感情の溝を埋める努力を続けながら、新しい関係の構築を着実に進めたい」、毎日「先月来日した胡錦濤国家主席と福田康夫首相は、共同声明で戦略的互恵関係の『包括的推進』をうたった。その前提となるのは、両国政府・国民の信頼醸成である。救援活動の積み重ねが、これに大きく寄与するのは間違いない」。

〈支援を優先〉高知「最も大切なのは困難に直面している被災者の支援であり、輸送方法は副次的な問題だ。(略)おびただしい数の被災者、被災地域を抱えた中国政府にとって、自力で対応できない支援分野は、諸外国に頼らざるを得ない」、朝日「いま日本がすべきことは、地震への救援に最善を尽くすことだ。(略)医療や防疫、仮設住宅の建設など様々な分野で日本が協力できることがたくさんあるはずだ」、北海道「空自派遣の話が持ち上がったことは、被災地の状況がいかに深刻かを物語っている。政府は引き続き息の長い支援を考えていく必要がある」、岩手日報「地震国日本には、豊富な経験と技術がある。それを役立てることは純粋に人道的な行為だ。打算のない、当たり前の支援の積み重ねが友好につながるのならば、これほどうれしいことはない」。(審査室)

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