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2008年 9月2日
医師の裁量権認める
福島県大熊町の県立大野病院で二〇〇四年、帝王切開手術を受けた女性(当時29)が死亡した事件で、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた産婦人科医、加藤克彦被告(40)に対し、福島地裁(鈴木信行裁判長)は八月二十日、「標準的な医療措置で過失はなかった」として無罪(求刑・禁固一年、罰金十万円)を言い渡した。医師の逮捕に医療界が強く反発し、産科医離れが加速するなど波紋を広げた事件の判決を四十五本の社・論説が論じた。
過失までは問えない
〈妥当な判決〉京都「裁判では、被告の医師が、子宮に癒着した胎盤をはがす『はく離』を続けたのが適切だったかどうかが、最大の争点となった。福島地裁は、医師の医療行為について、『標準的な措置で過失はなかった』と判断、検察側の主張を退けた。二十四時間以内に『異状死』を警察に届けなかったとして問われた医師法違反についても、『診療中の患者がその病気で死亡した場合は異常死でない』とした。判決は、医療現場の実態を重視し、医師の裁量を広く認めた格好だ」、読売「検察と警察は、胎盤をはがさずに子宮ごと摘出するのが『医学的準則』だった、として業務上過失致死罪などに問うた。しかし判決は、『医学的準則』とは同じ場面に直面した医師のほとんどが選択するものでなければならず、今回のケースはその証明がない、とした。医学的見解が分かれる中で刑事責任を追及した捜査当局への批判が読み取れる」、北海道「臓器を取り違えて摘出したり、医療器具を体内に置き忘れたりといった医師の明白なミスで、刑事責任を追及するのは当然だ。だが、通常の医療における医師の裁量権にまで踏み込むのは捜査権の乱用と戒めたと言える」、朝日「判決は医療界の常識に沿ったものであり、納得できる。検察にとっても、これ以上争う意味はあるまい。(略)今回の立件は、医師の間から『ある確率で起きる不可避な事態にまで刑事責任が問われるなら、医療は成り立たない』と反発を招き、全国的な産科医不足に拍車をかける結果にもなった。産科の診療をやめた病院も多い」。
〈不十分な検察側立証〉福島民友「(判決は)検察側立証の不十分さを指摘。根拠となる臨床症例に欠くなどと主張を退けた。(略)根底から崩れるような立証でなぜ検察は起訴したのか。大きな疑問がつきまとう」、産経「大野病院事件はカルテの改竄(かいざん)や技量もないのに高度な医療を施した医療過誤事件とは違った。(略)医療を萎縮(いしゅく)させないために、捜査当局は幅広く専門家の意見を聞くなどもっと慎重に対応すべきだった。逮捕せずに書類送検で在宅起訴して刑事立件する捜査手法もあったはずだ」、西日本「産科医だけでなく、小児科などの診療科でも閉鎖や閉院が相次ぐなど、地域医療は崩壊の危機にさらされている。医療事故をめぐる裁判が刑事でも民事でも各地で相次ぎ起こされ、病院や医師側の心理的な萎縮も進んでいるようだ」。
〈医療側も反省を〉日経「医療事故は後を絶たない。そこで問題になるのは、患者や家族に十分な説明をし、同意を得たかという点だ。この事件でも家族は病院側の説明に強い不満を抱いている。大出血など緊急の場合には他の医師などの応援を求めるべきだが、これについても不十分だったと言わざるを得ない」、愛媛「被告医師は不測の事態に備え近くの産婦人科医に手伝いを依頼していたが、立ち会ってはいなかった。輸血確保が困難な同病院では手術を避けるよう助産師が進言すると、拒否したという。事実なら、被告医師の態勢も万全だったとはいえないのではないか。無罪判決が出たとはいえ、反省すべき点は反省し、教訓とすべきだ」。
「医療版事故調」が必要
〈第三者機関の設置急げ〉毎日「多発する医療過誤訴訟に対応するためにも、公正中立な立場で、医療行為の適否を判断するシステムが求められる。日本産婦人科学会も提言しているように、第三者による専門機関の設置が必要だ。(略)医療現場に司直を踏み込ませたくないのなら、なおさら設置を急ぐべきだ」、福島民報「事件をきっかけに、厚生労働省などが検討を加速させた第三者の立場で医療死亡事故を究明する新組織『医療安全調査委員会』(仮称)の発足への動きを注視したい。(略)今回の判決が新組織発足の論議にも影響する可能性はあるが、安全な医療システムづくりを何より優先しなければならない」、中日・東京「(医療版事故調査委員会である新組織は)医療者を中心とするうえ、事故を起こした関係者への事情聴取の強制力がない。医療事故被害者は医療者の『かばい合い』を懸念している。それを払拭(ふっしょく)するだけの公正・中立な事故調を発足させることが今回の最大の教訓だろう」。(審査室)