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2012年 10月23日
iPS細胞作製の偉業
山中氏のノーベル賞受賞をめぐる社説
医療一新、実用化へ支援を
人工多能性幹細胞(iPS細胞)を作製した山中伸弥京大教授がノーベル医学生理学賞を受賞した。iPS細胞は全身の細胞に変化し無限に増やすことも可能なので、医療を根本的に変えると期待が集まっている。46本の社・論説が受賞を祝福した。
発表後6年で受賞の快挙
《意義》河北「山中教授の独創性は、受精卵以外の細胞を使って『万能細胞』を作製したことに尽きる。(略)特定の四つの遺伝子を加えることによって細胞を『初期化』できること、つまり将来さまざまな生体組織に変わるフレッシュな細胞に再生できることを世界で初めて突き止めたわけだ」、北國「山中教授は、生命の常識を覆した。通常、1個の受精卵は、さまざまな細胞に変化し、臓器や骨、皮膚などを作り出す。その生命のプログラムを逆転させ、1個の細胞から万能細胞を誕生させた。まさに科学の教科書を書き換える発見であり、研究発表からわずか6年後の受賞という時間の短さが研究価値の高さを裏打ちしている」、毎日「いつかは必ずと思われてきたとはいえ、『日本発』のブレークスルーに揺るぎない評価が与えられた意義は大きい。(略)特に山中さんの成果は現在進行形のホットな分野である。日本の現在のバイオ力を世界に示すものとして喜びを分かち合いたい」。
《熱い思い》中日・東京「山中教授はもともと臨床医で整形外科を志していた。ただし、自分でもやぶ医者だと思っていたそうだ。そこで『医者をやめても何もしないわけにはいかないし、どうしたら自分が世の中の役に立つのか』と考え直し、基礎医学に向かったそうだ。ここで注目したいのは、どうしたら自分が役に立つのかという思いだ。ただの学問ではなく、社会の役に立てるかという医者としての熱い思いだ」、朝日「(米国留学から)帰国後はポストがなく、ほとんど研究をやめる寸前だった。奈良先端科学技術大学院大学の公募で採用され、やっと独立した研究者になることができた。研究費の申請も、あまりにとっぴな提案だったために却下されかかった。しかし、審査に当たった岸本忠三・元大阪大総長が『若い研究者の迫力』に感心して予算をつけた。その結果、一人の若者のアイデアが世界を一変させた。まさに科学のだいご味だろう」。
《実用化》読売「病気やケガで傷んだ臓器や組織を、iPS細胞で作った細胞で置き換える『再生医療』も、もはや夢ではない。例えば、脊髄が損傷し下半身マヒとなった患者の治療だ。本人の皮膚細胞から作製したiPS細胞由来の神経細胞を注入すれば、拒絶反応なしに神経を再生でき、歩行が可能になるかもしれない。まだ基礎研究ながら、将来的には医療を一新する可能性を秘めていると言えよう」、佐賀「例えば、慶応大は脊髄損傷のサルに神経細胞を移植する治療を行い、大阪大は心臓の細胞をシートにして心筋梗塞のマウスの心機能を回復させた。最も早い実用化が見込まれているのは目の網膜の移植で、早ければ来年にも神戸市の理化学研究所のグループが臨床研究に入る。国内だけではない。世界各国の研究機関が、こぞってiPS細胞の実用化へと突き進んでいる現状がある」、信毎「新薬開発はより実用化が近いと期待される。患者のiPS細胞から病気の組織をつくり、薬の効果を試すことができる。開発期間が短縮でき、それぞれの患者に合う薬も可能になる。やがて長寿の切り札が生まれるかもしれない」。
倫理面の議論が不可欠
《課題》日経「iPS細胞は日本で生まれ、官民挙げて臨床応用を支援してきたが、現在、再生医療でトップを走るのは米国勢とされる。日本ではヒトの細胞を使う研究の規制が欧米より厳しいことが一因だ。今回の受賞決定に浮かれるのではなく、安全面や倫理上の問題を克服し、臨床研究に早く取り組める研究指針づくりや、産学官の協力強化を考えるべきだ」、山陽「倫理面での議論も追いついていない。京都大の研究チームはマウスのiPS細胞から卵子や精子を作ることまで成功している。不妊治療などでの活用が期待される一方、通常の生殖を経ない生命誕生が可能となる。(略)急進展する生命科学の技術に対し、社会的な議論を早く始めなければならない」、産経「iPS細胞の福音は計り知れない。しかし、この技術はヒトの生殖細胞をつくることも可能にしている。現に京大の別グループはiPS細胞で作った卵子からマウスを誕生させたと先日、発表したところだ。ヒトと他の動物の複合体(キメラ)もSFの世界に限られなくなってきている。40億年の生命の歴史を書き換える力も秘めているのだ。iPS細胞が内包する『負の側面』についても、今から一般人を交えて議論を深めておくことが、研究と応用の健全な将来発展のために欠かせない」。(審査室)