「商法改正要綱中間試案」に対し意見書提出の件
平成13年6月8日
法務省
民事局参事官室 御中
社団法人日本新聞協会
会長 渡辺恒雄
貴室から4月24日付文書により意見照会のあった、「商法等の一部を改正する法律案要綱中間試案」について、日本新聞協会の意見を下記のとおり申し述べます。よろしくお取りはからいくださるよう、お願い申しあげます。
記
新聞協会加盟の新聞社は、「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社及び有限会社の株式及び持分の譲渡の制限等に関する法律」(昭和26年6月8日・法212号)によって、株式の譲渡・保有制限が認められている。この法律は、新聞経営に関する外部からの圧力や介入、干渉を排除することで、民主主義社会の発展に不可欠な言論・報道の自由と独立を担保し、新聞社が健全な事業活動を維持できるように、特例として設けられているものである。
新聞社は、定款をもって株式の譲渡・譲受人を会社事業に関係のある者に限る非公開会社で、中・小会社が大多数を占めることから、株式を一般公開している会社の経営執行組織と同様にすることが妥当かどうか、新聞経営の特性を顧慮しない一律の規制にはとりわけ慎重にならざるを得ない。
また新聞は、会社の各種公告の掲載により、広く企業情報を伝えるという重要な役割を果たしており、インターネット時代といわれる今日なお、その意義は変わらない。
今回の「中間試案」について、主としてこうした観点から意見を述べることとする。
(1)試案第十五「『株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律』(以下「商法特例法」という。)上の大会社についての社外取締役の選任義務」について
新聞社は、前記特例法の意義にみられるように、外部からの圧力や干渉を排除することが、新聞社にとって最大の企業統治(コーポレート・ガバナンス)となっている。外部からの圧力や介入、干渉を受けるおそれなしとしない制度には、慎重にならざるを得ない。
試案に即していえば、株主を事業に関係あるものに制限しても、経営の直接の業務執行機関である取締役会に、外部から取締役を入れるということは、言論の独立性、報道の中立性を確保する上で、重大な疑義を生じるおそれがある。一般の投資家が株主である事業会社と、言論報道機関である新聞社を、単なる資本金や負債の額等の外形的な基準で、同一に取り扱うことは極めて問題である。
このような理由から「社外取締役の選任義務」は、義務規定でなく選択規定にすべきである。
「人を得ればよいのではないか」「1人くらいならよいのではないか」といった議論が、義務規定とする根底にあるとすれば、それは新聞経営の特性について理解を欠いている。
「外部監査役が認められているから、取締役もよいのではないか」という議論は、監査役と取締役の役割の違いを無視するものである。
(2)試案第十九「商法特例法上の大会社による監査委員会、指名委員会及び報酬委員会(以下「各種委員会」という。)制度並びに執行役制度の導入」について
まず(1)の社外取締役の設置を前提とすることから、新聞社にとっては問題である。「中間試案」のように選択制とされているのであればよいが、審議会等では「義務規定とすべき」との意見もでていることから付言する。
また、各種委員会制度の導入は、いたずらに経営トップ層の構造を複雑にするだけである。執行役制度についても各種委員会制度と同様、企業の自主的な選択に任せることでよい。
(3)試案第十八「商法特例法上の大会社の利益処分案等の確定等」について
各種監査報告書による適法意見があれば、取締役が利益処分案を確定できることとする提案だが、その代償として取締役の任期を1年に短縮することは、目先の利益を追求しがちになったり、継続的な業務執行を阻害するおそれがあり、現行のままでよい。
(4)試案第二十一「商法特例法上の大会社についての連結計算書類の導入」について
株の流通性の高い企業とは設立形態を異にしている新聞社において、一般の公開・大会社と同様に、企業集団に関する情報開示の必要性があるかどうか疑問であり、日程についても柔軟性を持たせるべきである。
(5)試案第二十五「株式会社の公告の電子化等」、第二十六「 有限会社の公告の電子化等」について
公告の開示は、今後も官報もしくは日刊新聞を主体にすべきである。
現行法166条の規定にある「官報もしくは日刊新聞」をインターネットで代替することも可とすることは、「デジタルデバイド」「セキュリティー」「情報の享受者の簡便性」の三つの理由により反対である。
そもそも商法166条4項に定める公告は、株主・債権者をはじめとする一般大衆に、正確にかつ確実に届けられなければならないとの趣旨から設けられたものである。試案にあるように、法定公告の開示媒体としてインターネットを認めるためには、パソコン等のインターネット環境が株主、債権者をはじめとする一般に広く普及していることが大前提だ。しかしながら、家庭普及率が3割程度と極めて低い現状において、インターネット上での公告では広く一般に対する開示行為とは言い難い。しかも、株主のなかでも大きな割合を占める高齢者は、パソコン、インターネットの受容度が低い。高齢者の情報格差が社会問題化している中で、重要な企業情報を入手できない人々に対する適切な対応策がなされないまま実行に移されることは、社会的な公平性、情報入手機会の均等性の観点から問題がある。
また、閲覧するためのインターネット環境の整備及び通信環境の維持は、一般個人の負担によっておこなわなければならない。そもそも公告は企業の社会的な責任を全うするために、企業の負担によっておこなわれるべきものであって、一般大衆に費用負担を強いることは公告制度の趣旨に反するといわざるを得ない。
政府のホームページに外部からの侵入事件が相次いで起こるなど、ハッキング、クラッキングが頻出し、なかなか解決のめどがたたないのが現状である。法定公告をこうした、外部からの侵入、改ざんの危険性の高いインターネット上だけで足れりとすることは適切でない。法定公告は、記録性が高く、しかも改ざんのおそれのない安全な媒体である「官報もしくは日刊新聞」で開示されるべきである。
日刊新聞は社会的な伝達メディアとしての公共性を有し、全国津々浦々に張り巡らされた戸別配達システムによって、正確で迅速、しかも手軽で身近な情報源として活用されている。長年にわたって日刊新聞に公告が掲載されてきたのも、こうした社会的な情報伝達メディアとしての公共性や簡便性とともに、公告開示媒体としての一覧性・信頼性・記録性・詳報性という優れた特性が認められているからに外ならない。何よりも「決算公告等法定公告は新聞に掲載される」という国民意識をないがしろにしてはならないと考える。インターネットでの公告の場合、能動的に自ら掲載サイトを捜しだしてアクセスしなければならず、新聞の持つ簡便性や一覧性もない。
以上の点だけを考えても、インターネットは、公告の開示媒体として適格性が十分とはいえない。今後ますます企業情報の積極的な開示が求められていく中で、インターネットは公告開示の補助的手段とはなりえても、それ以上のものでは決してない。今後も公告の開示は「官報もしくは日刊新聞」を使って行われるべきである。
(6)試案第二十二 「貸借対照表等の公開」について
試案では、貸借対照表、損益計算書、監査報告書について、インターネットを利用した公開が考えられているようであるが、その方法には限界があり、現行のままでよい。
また、会社の規模によって公告を省略できるとする改正案には反対である。
IT関連産業の著しい台頭を見るまでもなく、我が国の産業構造は大きく転換しようとしている。加えて国境という障壁を越えて、企業の合従連衡が日常的に起こるなど、企業活動の国際化、グローバル化が大きく進展している。このような時代であればこそ、これまで以上に企業情報のディスクロージャーが強く求められている。貸借対照表などの計算書類は、企業の一年間の活動実績や現在の財政状況を反映したものであり、その情報開示は企業の社会的責任の観点から、企業規模の大小にかかわらず積極的に行われるべきものである。しかしながら、今回試案では、法律で明文化され、罰則規定があるにもかかわらず、開示義務を履行させる方策をとらずに、違法行為を追認する形で「大会社」以外の開示義務を省略する方向を打ち出したことになる。これは、本末転倒の施策といわざるを得ない。
ナスダック・ジャパン市場等の新興企業向けの株式市場をみるまでもなく、たとえ資本金の額が小さくとも、「大企業」と比較して遜色のない利益を記録し、また高い成長率を達成している企業も少なくない。資本金の多寡を基準に、計算書類の公告を省略できるとなれば、優良ベンチャー企業など社会的に大きな影響のある企業の公告開示が省略されることになる。ディスクロージャーの対象は、株主、債権者だけではない。特に資本調達の方法が多様化する時代にあっては、広く一般大衆に企業情報が提供されなくてはならないと考える。このような観点からも、商法の定める「大企業」以外の企業に対して計算書類の公告を省略できるとする考え方には反対である。
以上