総務省「日本放送協会のインターネット利用及び子会社等の業務範囲等に関するガイドライン」案に対する新聞界の意見
2002年3月1日
社団法人日本新聞協会
メディア開発委員会
総務省ガイドライン案について
新聞界はこれまで、公共放送・NHKの問題は日本の将来のメディア環境、ひいては民主主義の健全な発展に重大な影響を及ぼす事項であり、デジタル時代の役割や業務範囲、特殊法人としての制約、受信料制度や放送の二元体制の在り方等を幅広く検討すべきであると主張してきました。しかしながら、こうした根本的な論議を経ず、現状を追認する形でインターネット利用と子会社等の業務拡大につながりかねないガイドライン(放送法の解釈指針)が策定されようとしており、われわれは遺憾の意を強く表明するものであります。
「NHKのインターネット利用に関するガイドライン」案について
NHKのインターネット参入については(1)放送を目的とした特殊法人の通信分野への参入であり、放送法の趣旨から逸脱する、(2)受信料という公的な安定財源を確保されているにもかかわらず、多数の民間企業がしのぎを削っている分野へ参入すれば、市場の混乱を招き、民業圧迫につながる――等の理由から、基本的に反対であります。民間企業に市場からの撤退を余儀なくさせ、その結果、メディアの多元性を失わせ、民主主義の根幹である言論の多様性を損ないかねないとの重大な危惧を抱かざるを得ません。NHKの在り方に関する根本的な論議の結論が出ていない段階では、その業務は凍結すべきと考えます。にもかかわらず、「放送法の解釈指針」の形で「附帯業務」を拡大解釈してなし崩し的に業務拡大につなげる貴省の手法は問題です。
われわれは、こうした段階でガイドラインを作成すること自体に問題があると考えておりますが、今回示されたガイドラインの内容についても重大な問題が含まれており、あえて問題点を指摘しておきます。
まず、「放送の補完利用としてのインターネット利用の在り方を明らかにする」ために、「提供する情報の形態」「規模」「態様」「分野」を規定していますが、この規定の実効性を確保する仕組みが示されていないという点であります。NHKのインターネット利用の実態をいつ、だれが、どのように監視し、基準の範囲内であるかどうかを判断するのか、また、範囲を逸脱した場合にはどのような措置をとるのかなど、規定を順守させるための具体的な方策にはまったく言及されていません。総務省としてきちんと方策を示す必要があります。
また、各項目に使われている言葉の定義が曖昧で、しかも放送政策研究会の第一次報告と比べ、NHKのさらなる業務拡大へと結びつく恐れがある内容が含まれています。
特に問題なのは「番組関連情報」を、「放送番組の制作過程において入手した放送番組の素材及びこれを加工して作成される情報」と定義している点です。当該の「番組関連情報」が、番組制作過程で放送番組用に入手したものか、インターネット用に独自に収集、加工したものかを第三者が判別するのは事実上不可能ではありませんか。この表現では、第一次報告でも認められないとされていた「独立情報」を含む、あらゆる情報の提供を可能とすることにもつながりかねず、規制としては何の意味もないことを指摘するとともに削除を求めます。「二次利用」については、放送後、何分経過してから使用することを指すのか、同時の場合は「二次利用」と言えるのかどうかといった点も不明なままです。
「規模」は「10億円程度を上限」としていますが、新聞社や民放の支出規模と比較しても相当高額で、人件費などの経費を含めるのかどうかも示されていません。このような曖昧な内容では、何の規制や基準にもなりません。
ガイドライン案では「放送の補完としてのインターネット利用」から、「災害・危機管理情報や選挙情報の提供、国際情報発信を除く」としていますが、これは放送法のどの条文を根拠としているのでしょうか。独立利用までに拡大しているのは問題であり、削除を求めます。
「NHKの子会社等の業務範囲等に関するガイドライン」案について
インターネット利用のガイドライン案と同様に、規定の実効性を担保する仕組みが示されていないという基本的な問題があります。しかも、子会社・関連会社等の実態を把握するシステムの確立が当然必要であるにもかかわらず、そうした措置についてはまったく触れられていないうえ、透明性・公平性を確保するための情報公開ルールの具体策、監視機能の整備・強化策を求めてきた新聞界の意見を無視した内容となっており、極めて遺憾です。特に、情報公開ルールについては、第一次報告にも盛り込まれていたにもかかわらず、今回のガイドライン案ではなぜ触れられていないのか疑問です。
子会社等の業務範囲に関する規定が掲げる「別紙」などには重大な問題があります。業務範囲について、放送法施行令2条に加えて「別紙」の事業が可能としていますが、そのほとんどの条項では、放送法施行令の条項にある「協会の委託により」等の表現が「委託により」等に変更され、「協会の」という文言が削除されています。これは、NHK以外からの業務の受注も公然と認めようとするものであります。さらに、政令にはない「委託により放送設備等の設計その他の技術援助を行う事業」や、イベントの後援、企画までの業務拡大、「特に社会的に意義のあるもの」など広義の解釈が可能な条項や文言を加えたことなどからも、この「別紙」に子会社等の業務範囲をさらに拡大する意図が含まれているのは明白であり、「別紙」全文の削除を求めます。
NHKの子会社等への出資は、公共放送としての目的を達成させるために認められているものであり、子会社等の業務範囲は放送法の目的に添うものでなければならないのはいうまでもありません。業務範囲の(1)と(2)の規定では、NHKと子会社の出資比率が3分の1超の関連会社とそれ以下の会社とを区別していますが、受信料から出資する以上、その比率を問わず、放送法に基づき規定される事業の範囲内であることを求めます。
また、「業務の委託」に関しては、昨年末のパブリックコメントで指摘したように、その実効性をあげるための数値目標の設定(例えば「5年以内に80%を競争契約とする」など)を改めて求めます。
携帯電話へのニュース提供について
NHKは2月7日、インターネットのホームページのニュースを携帯電話に提供する方針を明らかにしましたが、放送法に基づいて受信料でまかなわれている特殊法人・NHKのインターネット分野への参入は基本的に認められないという立場から、当然認めることはできません。携帯電話への情報提供は、有料課金の環境が比較的整っている数少ない分野であり、既に多くの民間企業がサービスを開始しています。法的にも、収入構造的にも著しく保護されたNHKが、こうした分野へ無料で参入すれば、民間企業に深刻な打撃を与え、健全な競争市場を混乱させることになります。ガイドラインでは携帯電話への情報提供について何ら触れられていないにもかかわらず、NHKがこれを根拠にしようとしていることは問題です。これが認められれば、NHKは今回のガイドラインを次々に拡大解釈して、ホームページにアクセスできるあらゆるメディア向けにサービスを始める恐れがあります。NHKの業務拡大に無制限に道を開くことになりかねません。
新聞界はかねてから、「NHK本体にできない業務は子会社にもできない」として、NHKの子会社による携帯電話向け有料ニュースサービスを問題にしてきました。NHK情報ネットワークによる有料ニュースサービスの中止は当然のことで、本体に移すことも当然認められません。この際、これまで子会社がどのような位置付けで有料サービスを展開していたのかを明らかにし、子会社の業務についての問題点を解明し業務拡大に歯止めをかけるよう求めます。
新聞界はこれまで、公共放送・NHKの在り方について幾度となく意見を表明し、申し入れも行ってきましたが、これまでのところ、そうした意見・提言が当局の政策にほとんど反映されていません。今回のガイドラインに「案」の表記が欠落しているのはどうした理由からなのでしょうか。当然のことながら、この意見募集が決して形式的なものであってはならないことを最後に申し添えます。
以上