「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に対する意見
2024年2月9日
一般社団法人日本新聞協会
日本新聞協会は、文化審議会著作権分科会法制度小委員会が整理した「AIと著作権に関する考え方について(素案)」に対して以下の意見を述べる。
報道コンテンツは、新聞社や通信社が多大な労力とコストをかけて作成した貴重な知的財産であり、報道各社が著作権等の法的権利を有する。報道コンテンツを利用するのであれば、利用者が報道各社から許諾を得て、対価を支払うのが原則である。生成AIの開発事業者やサービス提供事業者が知的財産にタダ乗り(フリーライド)することは許容できない。こうした当協会の考え方は、全く変わらない。
上記の観点からみると、今回示された素案が、現行の著作権法に関して従来よりも踏み込んだ解釈を明らかにし、権利者側に一定の配慮を示す内容としたのは、権利の適正な保護に向けて一歩前進したものと受け止めている。
ただし、当協会が求めている法改正には全く触れておらず、十分とは言い難い。現行法の解釈が示されたものの、著作権侵害等をめぐる最終的な線引きは司法判断を待つしかない。解釈だけでは曖昧な部分(グレーゾーン)が残ることは避けられず、コンテンツの権利保護を図るには限界がある。著作権法第30条の4のように、海外の主要国と比べて権利者側に不利な規定を放置しておく合理的な理由も見当たらない。当協会は今回の「考え方」等に基づく権利保護がどの程度機能するかを見きわめつつ、法改正に向けた検討を急ぐよう求める。
<第30条の4の在り方について>
著作権法第30条の4は、生成AIが機械学習をする際、「非享受目的」で著作権者の利益を不当に害さない場合であれば、コンテンツを無許諾で利用できると規定している。これに関し、素案が、複数の目的が併存する場合には、一つでも「享受」目的が含まれていれば法第30条の4は適用されず、許諾が必要としたのは当然だろう。
また、素案は、「AIに学習された著作物」と創作的表現が共通した生成物の生成が頻発するといった事情は、開発・学習段階における享受目的の存在を推認する上での一要素となり得る、とした。無秩序な学習利用に一定の歯止めをかける解釈だと受け止めている。
新聞・通信社は長年、過去の新聞紙面や記事を収蔵したデータベースを有償で提供してきた。最近はAI開発向けにも情報解析用の記事データを販売している。当協会は、生成AIが報道コンテンツをインターネット上から無断で収集することは、新聞社等が手掛けている記事データ販売市場と衝突し、「著作権者の利益を不当に害する」可能性が高いと主張してきた。
「robots.txt」への記述による技術的な対応等によって、権利者やウェブサイト管理者は、生成AIによる当該サイトへのクロールに限って拒否することはできる。素案は、こうした技術的な措置が講じられ、情報解析に活用できるデータベースの著作物が将来販売される予定があることが推認される場合には、この措置を回避して当該サイトからAI学習のための複製等をする行為は、データベースの著作物の将来における潜在的販路を阻害するとして、法第30条の4における権利制限の対象にならないことが考えられるとの見解を示した。
条件付きながら、新聞社等のサイトから、AIの開発事業者やサービス提供事業者がデータを許諾なく収集することに一定の歯止めをかける解釈を示したものと理解しており、その点は評価できる。
新聞紙面や記事のデータベースの著作物の多くは、新聞社等が自社サイト上に掲載したコンテンツの集合体である。生成AIの開発事業者やサービス提供事業者がサイトをクロールして膨大な量のコンテンツを収集・蓄積すれば、データベースに類似したものを構築することも難しくない。新聞社等にとってデータベースやそれに含まれるコンテンツは、どのような形式で格納されているとしても貴重な知的財産であること、すでに広く市場が形成されていることに変わりはなく、その無断利用を防ぐのは当然の権利である。
生成AIの開発事業者やサービス提供事業者の中で、ウェブ上でコンテンツを収集するクローラー(ボット)の名前を開示しているところは少ない。クローラーの名前を非開示にしている事業者がいたとしても、新聞社等が別のクローラーに対して「robots.txt」の設定等を行っていれば、データベースの著作物が将来販売される予定であることを推認させる一要素になる、との解釈を素案が示した点も妥当である。
もっとも、本来は情報解析用データベースの有無等にかかわらず、他人の知的財産にタダ乗りしたビジネスは許容されるべきではない。当協会は、根本的な法改正に向けた議論が必要だと考える。
<RAGについて>
素案は、検索エンジンと生成AIを組み合わせ、ネット上にある最新情報の加工・要約等を行って新たなコンテンツを生み出す「検索拡張生成」(Retrieval Augmented Generation=RAG)にも言及している。
RAGについて、生成に際して著作物の創作的表現を一部でも出力することを目的としたものである場合には、「非享受目的」とは言えず、法第30条の4に基づく無許諾での利用は認められないとした。そのうえで、素案は、RAGによる生成物に関して、法第47条の5で定めた軽微利用を超える場合には著作権者の許諾が必要だとの考え方を示した。
RAGによるサービスが大手プラットフォーム事業者を中心に広がる中で、実際にRAGによる生成物で軽微利用の程度を超えるような事例が多発していることは、看過できない。生成AIの開発事業者やサービス提供事業者は問題を放置せず、事態の改善を急がねばならない。
<海賊版サイトへの対応について>
生成AIによる海賊版サイトからのデータ収集を防ぐことも、喫緊の課題である。
素案が、「生成・利用段階においては、既存の著作物の著作権侵害が生じた場合、AI 開発事業者又はAIサービス提供事業者も、当該侵害行為の規範的な主体として責任を負う場合があり得る」としたのは、妥当だ。
素案が指摘する通り、「ウェブサイトが海賊版等の権利侵害複製物を掲載していることを知りながら、当該ウェブサイトから学習データの収集を行うといった行為は、厳にこれを慎むべきもの」である。
さらに、素案は、「AI開発事業者やAIサービス提供事業者が、ウェブサイトが海賊版等の権利侵害複製物を掲載していることを知りながら、当該ウェブサイトから学習データの収集を行ったという事実は、これにより開発された生成AIにより生じる著作権侵害についての規範的な行為主体の認定に当たり、その総合的な考慮の一要素として、当該事業者が関与の程度に照らして、規範的な行為主体として侵害の責任を問われる可能性を高める」と明記した。
生成AIが海賊版サイトから報道コンテンツを収集することは、報道各社に対する権利侵害に加担するのと同じである。海賊版サイトからの収集をやめない生成AIの開発事業者やサービス提供事業者の責任は極めて重く、早急に対応を改めるべきだ。
<著作権侵害の有無の考え方について>
素案が、「生成AIが利用された場合であっても、権利者としては、被疑侵害者において既存著作物へのアクセス可能性や、既存著作物への高度な類似性があること等を立証すれば、依拠性があると推認される」と整理したのは、通説に照らしても妥当な解釈だと受け止めている。著作物が無断で使われたかどうかは権利者側で判断することは難しく、現実的な判断だと考える。
素案では、AI利用者が既存の著作物(その表現内容)を認識せずに、生成AIの開発・学習段階で著作物を学習していたとしても、客観的に著作物へのアクセスがあったと認められることから、著作物に類似した生成物が生成された場合は、通常、依拠性があったと推認され、著作権侵害になりうると考えられる、と整理した。この点も理解できる。
<日本の著作権法の適用範囲について>
コンテンツがインターネット上で国境を越えてやりとりされる時代に、日本の著作権法が国外のAI事業者をどう規律するのかは、重要な論点である。素案は、日本法の適用範囲について「最終的には個別・具体的な事案に応じて、裁判所において判断されることとなる」としつつ、「著作権侵害の結果が発生した地が日本国内であると評価される場合は、当該利用行為に伴う著作権侵害に基づく損害賠償請求については、結果発生地法としての我が国の著作権法が適用されると考えられる」とした。海外に拠点を置くAI事業者であっても、日本の新聞社等のコンテンツを無断で利用すれば日本法の解釈、運用において違法性が問われる可能性を指摘したものであり、妥当だ。
<最後に>
素案が、「コンテンツ創作の好循環の実現を考えた場合に、著作権法の枠内にとどまらない議論として、技術面や考え方の整理等を通じて、市場における対価還元を促進することについても検討が必要であると考えられる」と指摘した意義は大きい。政府は、対価還元の動きを促す環境整備に努めてもらいたい。
今回、素案で現行の著作権法に関する解釈が示されたことによって、日本での生成AI開発が遅れることを懸念する声もみられるが、説得力ある主張とは到底言えない。国内外を問わず、生成AIの開発事業者やサービス提供事業者が権利者から許諾を得て、適切な対価を支払ったうえで著作物を正々堂々と利用すればいいだけの話である。
生成AIが幅広くビジネス利用される現状を踏まえると、権利者に犠牲をしわ寄せする制度は適切ではないと当協会は考える。世界中の報道団体が報道コンテンツへのタダ乗りに強い懸念を示している事実を忘れてはならない。
以上