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人権擁護推進審議会「人権救済制度の在り方に関する中間取りまとめ」に対する意見書

日本新聞協会

 人権擁護推進審議会が人権被害の救済策に関する「中間取りまとめ」で、強制調査権があり、政府から一定の独立性を持った人権救済機関の設立を提言したことに対して、日本新聞協会の意見を表明する。

 まず、人権救済機関に対する国民の期待は大きいが、権限の与え方によっては逆に国民の権利を損なうものになりかねないことを指摘しておきたい。「中間取りまとめ」は、人権侵害を差別、虐待、公権力によるもの、メディアによるものの四つに類型化したが、これらすべてに対応できる人権救済機関を想定した結果、権限が強力になり過ぎてしまっている。しかも、第一に対象とすべき公権力による人権侵害に対しては、既にある苦情処理制度などが機能しているとの前提に立ち、むしろ主たる対象は民間の手による人権侵害であると想定しているという印象を受け、強い違和感を覚える。

 特に、メディアによる人権侵害を差別や虐待と同列のものとして取り上げ、強制調査、勧告など人権救済機関による積極的救済の検討対象としていることは、極めて遺憾である。日本新聞協会加盟社は、人権尊重の理念に従って差別や虐待などのさまざまな実態を明らかにしてその是正を求めるとともに、公権力に対しても、えん罪、代用監獄や出入国管理での収容所の問題点など、人権侵害行為を追及してきた。人権擁護に関連して社会的な啓発活動の一翼を担い、人権意識の定着・高揚などの面で重要な役割を果たしてきた新聞・通信各社の役割とその成果は、正当に評価されるべきである。

 今回の「中間取りまとめ」では、「犯罪被害者とその家族、被疑者・被告人の家族、少年の被疑者・被告人等に対する報道によるプライバシー侵害や過剰な取材等」について、積極的な救済を図るべきだとしているが、この問題について新聞・通信各社は十分に配慮してきたところである。「中間取りまとめ」は「憲法上保障された表現の自由、報道の自由の重要性にかんがみ、まずメディア側の自主規制による対応が図られるべきである」「強制調査について慎重な配慮が必要」との表現を取ってはいるものの、「積極的な救済」を名目に人権救済機関の関与が取材段階にも及ぶということになれば、行政命令による記事差し止めと同様の効力を持つと言わざるを得ない。表現の自由は大きな制約を負わされることになり、とうてい承服することはできない。

 新聞・通信各社は「報道による人権侵害」を防ぐため、これまでさまざまな自主努力を積み重ねてきた。各社はさらに、紙面の在り方に対する読者代表の参加や苦情対応の仕組みの工夫など、一層の自主努力を進めている。報道にかかわる問題は、表現の自由を守る見地から、あくまでもメディア自身の手による自主解決を基本とすべきである。

(1) 報道を対象とすることには「憲法上の疑義」がある

 「中間取りまとめ」によると、人権救済機関は、「簡易、迅速で利用しやすく、柔軟」で「実効性のある救済」を図るため、審理が長期化したり、専門的な知識を要したりする従来の裁判手続きを補完するものとして、新たに設置することが提言された。しかし、対象となる人権侵害事案が差別、虐待や公権力による侵害だけでなく、メディアによるプライバシー侵害や名誉棄損、高齢者にかかわる財産の不正使用や悪質な訪問販売にいたるまで広い範囲に及ぶ。強制調査や勧告、公表などの権限があいまいなことや、政府からの独立がどの程度のものになるかあいまいであるため、場合によっては、市民生活に過剰に介入し、市民の自由を侵害することにもなりかねない。

 特に、メディアによる人権侵害に一項目を割き、しかも、メディアによる人権擁護の役割を認めずに「報道による被害」のみを強調していることは、あまりにも一面的なとらえ方と言わざるを得ない。民主主義の維持・発展のためには表現の自由が不可欠であり、最高裁判所が「報道機関の報道は国民の『知る権利』に奉仕するものである」との判断を示したように、報道の自由は憲法で保障されている表現の自由の中でも中核をなすものである。

 人権擁護推進審議会は1年前、「報道による被害」に関連して、事務局が「行政命令をもって記事を差し止めることも視野に入れ、幅広く検討したい」と発言した。日本新聞協会は「憲法で禁止されている事前検閲に当たる」と抗議し、事務局はこの発言を取り消すとともに、塩野宏会長が「私自身、憲法の保障する表現の自由の重要性、検閲の禁止の趣旨は十分承知しており、審議会において表現の自由等を十分尊重した議論がなされるものと考えています。いずれにしても、憲法上疑義が生じるような結論が出されることはあり得ないと考えます」とコメントしたいきさつがある。

 確かに、今回の取りまとめでは、「憲法上保障された表現の自由、報道の自由の重要性にかんがみ、まずメディア側の自主規制による対応が図られるべきである」「強制調査について慎重な配慮が必要」という表現は見受けられる。しかしながら、「プライバシー侵害や過剰な取材等」について積極的な救済を図るべきだという結論は、取材活動を抑圧しかねない危うさをはらんでいる。こうした問題点に対する配慮が全く感じられない「中間取りまとめ」には、憲法の趣旨に照らし疑問を感じざるを得ない。

(2) 報道機関の役割と自主努力を評価せよ

 日本新聞協会が1999年12月に行われた人権擁護推進審議会の意見聴取に対して説明したように、人々の生存・自由・幸福追求の権利、すなわち人権を守ることは、新聞・通信をはじめ報道に携わる者にとっての基本である。新聞・通信各社は、人権尊重の理念に従って差別や虐待、公権力による抑圧などの人権侵害行為を明らかにし、その是正に貢献してきた。人権意識の定着・高揚などの面で重要な役割を果たしてきた報道機関の役割とその成果は、正当に評価されるべきである。

 もちろん、人権は尊重されるべきであり、プライバシーへの配慮も、新聞倫理綱領でうたっているところである。しかしながら、「プライバシー侵害や過剰な取材等」について、「積極的な救済」の名の下に人権救済機関が取材段階から関与することになれば、取材活動そのものへの委縮効果をもたらすことにもなりかねない。

 これまで、時として「報道による人権侵害」が問題とされることがあったことも事実であるが、報道にも一段と高い水準の人権意識が求められる中で、日本新聞協会の加盟各社は、日々の取材、報道、読者への対応の上で工夫をこらし、人権の尊重に最大限の配慮を傾けてきた。

 例えば、被疑者の呼び捨てをやめて「容疑者」呼称を付けたのをはじめ、取材・報道の自主基準の見直しを進め、独自のきめ細かな取材・報道指針を作るなどして、基準をより厳格に運用するようになった。また、読者からの苦情や問い合わせに対応する部署を設けたり、新聞制作に当たって読者の視点をできるだけ取り込むなど、さまざまな社内システムをつくり、日々の取材・報道を検証している。こうした取り組みの詳細は、別紙に記載した通りである。

 日本新聞協会は2000年6月21日、1946年に制定された「新聞倫理綱領」を54年ぶりに改定した。「自由と責任」の項では、「(表現の自由の)行使にあたっては重い責任を自覚し、公共の利益を害することのないよう、十分に配慮しなければならない」と自戒するとともに、「人権の尊重」の項を新たに設け、「人間の尊厳に最高の敬意を払い、個人の名誉を重んじプライバシーに配慮する。報道を誤ったときはすみやかに訂正し、正当な理由もなく相手の名誉を傷つけたと判断したときは、反論の機会を提供するなど、適切な措置を講じる」と明記している。

 新聞・通信各社は、こうした考え方の下で、今後とも、先に述べたような人権尊重の取り組みをより前進させていくべく、検討を続けている。「報道による人権侵害」を問題にする場合、このような自主努力も十分に認識すべきである。

(3) 公権力による人権侵害について、真剣に検討し直すべきだ

 もともと、独立的な人権救済機関の設立は、国際的な要請として日本政府に突き付けられていたが、その主たる対象は公権力による侵害だったはずである。国連の規約人権委員会が1998年10月、日本の人権状況を審査し、政府に対して裁判官の人権研修などと並んで、警官や出入国管理事務所職員の暴力、公権力による人権侵害の訴えを扱う政府から独立した人権救済機関の設立を勧告したものだ。

 これに対して、今回の「中間取りまとめ」は、「行政処分に対しては一般的な行政不服審査や個別の不服申立ての手続が整備されている」「付審判請求を含む刑事訴訟手続のほか、内部監査・監察や苦情処理のシステムが設けられている」として、これらの成果に一定の理解を示した上で「公権力による人権侵害すべてを積極的救済の対象とすることは相当でない」と結論付けている。公権力による人権侵害の恐れに対する対策が国際的に見て遅れていたために出された勧告だったはずだが、代用監獄や出入国管理収容施設の問題など、98年の国連規約人権委員会が勧告で指摘した問題に対して、対策がどれだけ進んだのかについては全く答えていない。

 審議会には、この問題の原点に立ち戻り、公権力による人権侵害の問題について真剣に検討し直すよう求めたい。

(別紙)新聞・通信各社の人権問題への対応の事例

 ここ10年前後で各社にほぼ共通した取り組み、改革の動きは以下の通りだが、さらに独自の取り組みを進めている加盟社がある。

自主基準、報道姿勢

  • 事件被疑者の呼び捨てをやめ、「容疑者」呼称を採用
  • 事件被疑者の連行写真や事件関係者の顔写真の掲載を抑制
  • 事件被害者の人権を考慮した取材・報道の徹底
  • 犯罪被害者の人権問題のキャンペーン的報道 ・ 事件関係者の居住地の特定を避けるため、記事中の住所表記から「番地枝番」を削除
  • 事件関係者の、事件と直接関係のないプライバシーの報道抑制
  • 事件被疑者の「言い分報道」の増加
  • 事件報道の実名主義を原則としながらも、事件の態様や事件関係者のプライバシーなどに配慮し、ケースによって「匿名報道」を実施
  • 捜査段階の記事は、捜査当局の発表部分を明示すると同時に、捜査当局・記者の見方の部分と区別した上で、全体に断定的な表現は使わない

紙面の検証、記者研修など

  • 「記事審査委員会」や「記事審査部」などの紙面審査機構を設置し、日々の紙面をあらゆる角度から検証し、取材・報道の在り方についても、問題提起している
  • 識者や読者ら第三者による紙面モニター制度の導入
  • 人権問題をテーマにした記者研修の強化
  • 記者の取材・報道の指針をまとめた「手引き」「基準集」などの作成

読者への対応

  • 読者の紙面に関する苦情、意見、指摘を受け付ける窓口として、「読者応答センター」「広報室」などを常設し、誤報や人権侵害の疑いが指摘された場合、直ちに編集部門に連絡し、取材・記事化の検証をした上で、速やかに「おわび」「訂正」などの救済措置を取る
  • 重大な人権侵害や誤報があった場合、法務部・室との協議の上、新聞社として謝罪し、場合によっては誤報や人権侵害に至った問題点を検証する記事を掲載するなどして、被害者の名誉回復を図っている
  • 報道による人権侵害や誤報があったかどうか、当事者の認識、見解が一致しない場合、最終的に司法判断を仰ぐこともある

以上

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