法務省人権擁護推進審議会ヒアリングに対する意見

1999.12.14
日本新聞協会

 貴審議会の意見聴取の要請について、日本新聞協会の意見がまとまったので表明する。

(1)はじめに

新聞・通信各社が人権擁護、差別撤廃など、人間の尊厳を守るために果たしてきた役割とその成果を正当に評価するべきである。

 人々の生存、自由、幸福追求の権利、すなわち人権を守ることは、新聞・通信をはじめ報道に携わる者にとっての基本であり、報道における重要な柱と考える。新聞・通信各社は報道活動を通じ、様々な差別の実態を明らかにし是正を求めるとともに、公権力の乱用などによる人権侵害行為を告発してきた。

 時として報道による人権侵害を指摘されることもあったが、歴史的にみれば、新聞・通信各社が、人権尊重の理念に従って社会的な啓発活動の一翼を担い、人権意識の定着・高揚などの面で重要な役割を担ってきたことは、間違いのない事実であろう。

 しかしながら、貴審議会は本年7月の「人権尊重の理念に関する国民相互の理解を深めるための教育及び啓発に関する施策の総合的な推進に関する基本的事項について」の答申の中で、報道の果たした積極的な役割については一切言及していない。

 その一方で同答申は、「主な人権課題の現状」の項目で、「HIV感染者やハンセン病の患者及び元患者に関し、マスメディアの報道によるプライバシーの侵害などの問題がある」「犯罪の被害者やその家族について、時には少年事件の加害者本人についても、マスメディアの興味本位の又は行き過ぎた取材や報道によるプライバシーの侵害の問題があるなど、様々な人権課題がある」と記述するなど、「報道による人権侵害行為」については具体的に指摘した。

 答申を踏まえた今回のヒアリングも、そのテーマを「人権が侵害された場合の被害者の救済の在り方について」としている。これらを総合して考えると、貴審議会は新聞・通信各社が人権擁護、差別撤廃などの社会的取り組みの中で果たしてきた役割とその成果を評価せずに、「人権侵害の加害者」と一面的に位置づけて今回のヒアリングを行っているのではないか、との疑念を抱かざるをえないのである。

 貴審議会事務局は日本新聞協会にヒアリングへの出席を要請した際、「人権侵害の蓋然性の高いものについては、行政命令をもって記事を差し止めることも視野に入れ、幅広く検討したい」と発言した。後に全面撤回したとはいえ、この発言は報道の自由に挑戦するだけでなく、検閲を禁じた憲法をも否定するものである。貴審議会の塩野宏会長は同発言に関連して「憲法の保障する表現の自由の重要性、検閲の禁止の趣旨は十分承知しており審議会において表現の自由等を十分尊重した議論がなされるものと考えている。憲法上疑義を生じるような結論が出されることはあり得ないと考える」とのコメントを明らかにしているが、国民の不信を招くことがないよう、貴審議会に対し、記者の傍聴を認めるなど審議の公開を要望したい。

(2)「報道による人権侵害」の現状と、被害防止、被害救済の努力について

報道による人権侵害を防ぐため、新聞・通信各社は、時代の変化に即応し、取材・報道の基準づくり、紙面審査機構や読者対応システムなどの整備、記者研修の実施など、様々な自主努力を積み重ねている。

 新聞・通信各社は、誤報や、人権上の配慮を欠いた取材行為や記事表現などにより、人権侵害につながる事例が発生した場合は、被害者への謝罪と救済措置、徹底的な検証、再発防止のための施策などを真摯に実行してきた。

 「報道による人権侵害」とされる事例を検証すると、事件報道に特徴的なのだが、国民の知る権利の負託を受けて真実に迫ろうとする取材・報道と、個人の尊厳と生命や自由、幸福を追求する権利とが対立する事態が生じ、その相克の中で「報道が人権侵害をした」と指摘される事例が時として発生している。しかし、取材・報道により人権侵害が発生したかどうかの判定には、個々の記事について、公益性、公共性、真実性などを具体的に、総合的に検証することが不可欠であり、そうした検証が十分になされないまま、「報道による人権侵害」が安易に認定されるとするならば、それは結果的に、報道の自由を否定することになりかねないと考える。

 上記の点に留意しながら、報道による人権侵害の防止、救済に向けた新聞・通信各社の取り組みについて論述する。

 日本新聞協会は1946年、新聞の倫理水準の向上を目指して「新聞倫理綱領」を制定した。加盟各社はその精神をくみ、それぞれに人権侵害の防止、救済のための自主基準を作り自らの取材・報道を律してきた。特に近年は、社会の成熟に伴い人権尊重の理念に対する国民の理解が深まっていることを背景に、報道にも一段と高いレベルの人権意識が求められているため、新聞・通信各社は自主基準の見直しを進め、独自にきめ細かな取材・報道指針を作るなどして、基準をより厳格に運用するようになった。

 事件報道を例に、過去約10年間の各社の改革の動きを具体的に列挙してみよう。

  • 事件被疑者の呼び捨てをやめ、「容疑者」呼称を採用
  • 事件被疑者の連行写真や事件関係者の顔写真の掲載の抑制
  • 事件被害者の人権を考慮して取材・報道する
  • 事件関係者の居住地の特定を避けるため、記事中の住所表記から「番地枝番」を削除
  • 事件関係者の、事件と直接関係のないプライバシーに属する事柄の報道抑制
  • 事件被疑者の「言い分報道」の増加
  • 事件報道は実名主義を原則とするが、事件の態様や事件関係者のプライバシーなどに配慮し、ケースによって「匿名報道」も実施
  • 捜査段階の記事は、捜査当局の発表の部分はこれを明示し、捜査当局・記者の見方の部分と区別したうえで、全体に断定的な表現は使用しない

 上記のごとく、新聞・通信各社の事件報道は、人権に配慮した様々な改革を重ね、以前に比べるとその形態を大きく変えている。

 また、新聞・通信各社は報道による人権侵害行為の防止と救済のために、様々な社内システムを作り、日々の取材・報道を検証している。

紙面の検証

  • 独立した組織として「紙面審査委員会」や「記事審査部」などの紙面審査機構を設置し日々の紙面をあらゆる角度から検証。また、取材・報道の在り方についても問題提起する
  • 識者や読者などによる紙面モニター制を導入
  • 人権問題をテーマにした社員研修や、誤報・人権侵害を防止する記者教育の実施
  • 記者の取材・報道の指針をまとめた「基準集」や「手引き」などの作成

読者への対応

  • 読者の紙面に対する意見、指摘、苦情を受け付ける窓口として、「読者応答センター」や「広報室」などを常設。そこで、誤報や人権侵害の疑いが指摘された場合、直ちに編集局の当該部局に連絡し、記事の検証を経たうえで、速やかに「おわび」や「訂正」の措置をとる
  • 重大な人権侵害行為や誤報がある場合は、法務室とも協議のうえ、被害者の救済を図り新聞社として謝罪。また、ケースによっては、誤報や人権侵害行為の問題点を検証した記事、被害者の名誉を回復する記事などを紙面に掲載することもある
  • 報道による人権侵害や誤報があったかどうか、当事者の見解が一致しない場合は、真摯に対応し解決に全力をあげるが、最終的に司法判断を仰ぐこともある

 新聞・通信各社は、恒常的にそれぞれが上記のような取り組みを実施しており、この結果、報道による人権侵害が疑われる事態が発生しても大部分は早期に解決が図られ、司法の場に決着がゆだねられる事例は極めて少ないのが現状である。

(3)報道による人権侵害の防止に向けた今後の取り組み

報道による人権侵害防止への取り組みは、報道各社によって自主的に行うのが原則と考えるが、その他の施策案についても実効性があるのかどうか、報道の自由を侵害しないかなど、総合的な見地から検討している。 

 新聞・通信各社は、人権擁護、差別撤廃のための取り組みを、これからも独自にあるいは協力して積極的に推進する。また、報道による人権侵害の防止のための自主的努力をさらに徹底して行う。

 だが、「報道による人権侵害」の被害救済を理由に、法による取材・報道規制や、法に基づく報道規制・被害救済機関の設置などの諸案が検討されているとすれば、それは報道の自由を根底から脅かすものであり、強く反対する。

 報道による人権侵害の指摘に対しては、新聞・通信各社がそれぞれの編集方針に基づいて自主的に検証し、自己責任で解決することが原則と考える。新聞・通信各社はそれぞれが進めている自主的努力に加えて、例えば「プレスオンブズマン」や「報道評議会」などの考え方があることを承知している。これらについて、実効性の可否、報道機関の独立性を侵害しないか、取材・報道の自粛につながる恐れはないのか、報道の自由に対する権力の不当な介入に道を開く可能性はないのかなど、総合的な見地から検討し、報道による人権侵害の防止を図っていきたいと考える。

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