裁判員制度「井上座長試案」に対する見解
2003年12月17日
司法制度改革推進本部 殿
日本新聞協会編集委員会
司法制度改革推進本部裁判員制度・刑事検討会の井上正仁座長は、今年10月28日に「考えられる裁判員制度の概要について」と題する試案を発表した。
井上試案は、裁判員等の秘密漏えいに懲役刑を設けるなど司法制度改革の理念の根幹をなす「国民に開かれた司法の実現」に逆行する内容になっているうえ、日本新聞協会が削除を求めてきた、憲法で保障された「表現の自由」を実質的に制限する条項も設けられたままで、十分な論議を踏まえての試案であるのか、疑問と言わざるを得ない。
新聞協会は、今年5月16日に裁判員制度が導入された場合を想定して、「裁判員制度に対する見解」を表明した。この見解で新聞協会は、偏見報道の禁止規定について全面削除を求めたうえ、(1)制度設計にあたっては「開かれた司法の実現」という観点から、「表現の自由」「報道の自由」に十分配慮する(2)裁判員等の個人情報をすべて非公開にするような制度設計にはしない(3)裁判員を退いた人にまで接触禁止の網をかけるべきでない(4)秘密漏えい罪については守秘義務が課せられる内容の範囲や期限をより明確にすることなどを求めて、検討会のヒアリングでもこうした基本姿勢を示してきた。また、「公正な裁判」と「報道の自由」の調和は、メディア側の自主的な取り組みによって追求するべきであるとの考えから、「裁判員制度の取材・報道指針」を作成する用意があることも表明した。
新聞協会は見解表明のあと、加盟各社の取材・報道の際のガイドラインとなる「裁判員制度の取材・報道指針」の制定に向けて協議を始め、9月10日に推進本部に協議の中間状況についてのまとめを示した。現在、「個人情報」「接触」などの各論点についてさらに議論を深めている。また、法務省、最高裁、日本弁護士連合会の法曹3者との協議も重ねている。
新聞協会は今後、日本民間放送連盟などとも連携して、公正な裁判を実現し国民の知る権利にも応えられる環境整備を図るとともに、裁判員制度がスタートしたあとも法曹3者や裁判員経験者との協議の場の設定に努めていく。相互の立場の理解を深めることは、裁判員制度と報道の関係を成熟させていく最善の方策であると考えるからだ。
新聞協会はこれまで、新聞倫理綱領を改定し、集団的過熱取材の見解を公表して人権・プライバシーに配慮してきた。外部識者らをメンバーとする報道検証機関を設けた社も多い。裁判員制度がスタートすれば、こうした取材・報道姿勢は一層、徹底されていくだろう。裁判の公正さを尊重し、報道倫理を守っていくことは言うまでもなく、各社がそれぞれ自主的に取り組んでいく課題である。
「偏見報道の禁止」規定について、重ねて全面削除を求める。この規定は、たとえ訓示規定であっても実質的に事件・裁判に関する報道を規制するものになりかねないうえ、何をもって「偏見」とするのかも明確でない。恣(し)意的な運用を導く恐れの強い規定であり、表現の自由や適正手続きを定めた憲法の精神に触れる疑いがあるからだ。推進本部が法案の骨子を取りまとめる際には、こうした新聞協会の姿勢を十分配慮するように強く求める。
以上