新聞は脳を鍛える 2015年4月
茂木健一郎・脳科学者
お行儀が悪いのだが、朝ご飯を食べながら新聞を読んでいる。一面をさっと確認し、後ろの社会面などから一面に近づいていく。柔らかい記事から堅い記事に、頭を慣らしていく感じかな。毎朝全国紙3~4紙と英字紙、地方に行ったときは地方紙も読む。まんべんなく読むと、1日かかっても読み切れない。でも、読み方が分かると、パッと見て、興味のある記事を見つけられるようになる。
新聞が発信する一番大きな情報は、実は見出しとレイアウトにあると思う。新聞は見出しの大きさで、ニュースの社会的な価値を視覚ではっきりと脳に伝えている。小学2年生の時、三島由紀夫が自決した。社会的な意味など全く分からなかった。しかし、一面の見出しの大きさで、ものすごい事件が起きたことは分かった。「浅間山荘事件」「ロッキード事件」なども当時の新聞紙面が頭に浮かぶ。ニュースの重みが、視覚的に頭の中にファイルされている。時代の記録において新聞紙面に勝る物はない。
大切なのは、そのニュースが社会でどのように受けとめられるものなのか、その「相場」を知ることだ。価値基準を確立しないまま、自分の知りたいことだけをネットで検索し、うのみにするのは危ない。脳科学を研究する立場からすると、新聞を読むことは、自分で情報を選択する能力を鍛えることにつながると思う。ネットが普及した今こそ、世間の常識や、ニュースの社会的な意味付けを把握できる新聞の役割は高まっている。
新聞は地域コミュニティーの担い手でもある。地方紙を読むと、お悔やみ欄などのきめ細かな情報に驚かされる。消費税が上がれば、新聞の購読者も減ってしまう。新聞の公共性を考えれば、誰もが負担を感じずに新聞を読めるようにしておいた方が良い。
ただ、新聞社も活字離れを嘆くだけでなく、若者が読みたいと思う紙面を作らなければいけない。私が子どもの頃は、V9時代の巨人の試合結果を読むために新聞をめくっていた。読んでいると、ほかの記事にも目が行く。きっかけは何でもいい。新聞に興味がない若者でさえも「なにか紙面で面白いことやっているらしいぞ」と、ネットでうわさをする。そのぐらいの仕かけを考えてほしい。
- 茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)
- 1962年東京生まれ。東京大学大学院物理学専攻博士課程修了。理化学研究所、英ケンブリッジ大学を経て、現在ソニーコンピュータサイエンス研究所シニアリサーチャー。著書に「脳とクオリア」「脳と仮想」(小林秀雄賞)など。