メディア規制につながる内容を盛り込んだ個人情報保護法案、人権擁護法案、青少年有害社会環境対策基本法案に対して、日本の報道界が危機感を強めている。
これら法案は直接メディア規制を目指したものではないが、公権力が個人情報や人権侵害、有害情報を規定、判断することを通じて、市民の表現活動やマスメディアの取材・報道を大きく制限しうる内容となっており、憲法21条が保障する「表現の自由」を脅かす危険をはらんでいる。
新聞協会、民放連、NHKはこれらの法案に繰り返し反対を表明し、シンポジウムを開催するなど、新年度予算案通過後の国会での論議のゆくえに焦点をあてた反対活動を展開。番組や紙面で読者・視聴者にも問題提起をし、抜本的見直しを迫っている。
個人情報保護法案は、昨年3月通常国会に提出され、継続審議となった。同法案は、特定の個人を識別できる個人情報について、(1)利用目的による制限(2)適正な取得(3)正確性の確保(4)安全性の確保(5)透明性の確保の5項目を基本原則(努力義務)として規定、これを取材・報道にも適用するとしている。また、新聞、放送、通信社など報道機関による報道は、公開や開示など個人情報を扱う事業者の義務規定からは除外されるが、何が報道にあたるかは、行政の裁量に任されている。
新聞協会、民間放送連盟、NHKは法案の国会提出前から報道の全面適用除外を求めた意見書を政府に提出。雑誌協会、書籍協会、作家、弁護士、フリーランスライター、4野党も反対しており、メディアの問題にとどまらず市民の表現の自由をも制限するとの批判も強い。4月5日、新聞協会、民放連、NHKは同法案に反対するシンポジウムを開いた。
人権擁護法案は3月8日、今国会に提出された。法務省の人権擁護推進審議会は2000年11月、強力な調査権限をもつ人権救済機関の設置と、救済対象となる人権侵害を?差別?虐待?公権力の人権侵害?メディアの人権侵害とする中間報告を提言、2001年5月には過熱取材を積極救済する考えを盛り込んだ最終答申を行った。新聞協会は2001年1月と6月に「メディアの人権侵害を虐待や差別と同列に扱っていることは極めて遺憾」と表明、報道の自由に配慮するよう求めるとともに、メディアの自主解決を主張した意見書を発表した(2月号既報)。
しかし、法案は、報道による犯罪被害者らのプライバシー侵害や過剰な取材を「一般救済」より強制的権限(公表・勧告)をもって踏み込める「特別救済」の対象とし、「繰り返し行う電話やファクスによる取材」が過剰取材の類型に盛り込まれる内容となった。人権侵害を理由に取材を止めるよう勧告でき、報道機関が従わなければ、勧告内容を公表できる。しかし、報道機関側は不服申し立てできない仕組みになっている。しかも救済機関である「人権委員会」の事務局は法務省の人権擁護局職員が担当し、地方組織も地域の各法務局に任せる形で、独立性が保障されていない。
新聞協会、民放連、NHKは3月7日、「報道への不当な干渉を招く」との共同声明を発表。「国民の知る権利にこたえるための〃熱心な取材〃〃粘り強い報道〃にブレーキをかける危険がある。法案を容認することはできない」と改めて主張した。また3者共同で同月25日、「人権擁護法案を考える−法規制とメディアの自律」と題する緊急シンポジウムを行った。
3法案はいずれも、プライバシー保護や人権擁護、青少年保護といった「美名」のもとに、報道の概念、有害情報の概念、公人と私人の区別などあいまいなまま、さまざまな表現活動に公権力の干渉、介入を招来する危険をはらんでいる。背景には、集中豪雨的な過熱取材や取材対象者のプライライバシー・人権侵害など、マスメディアによる報道被害が招いた読者・視聴者のメディア不信をてこに、形を変えてメディアを規制しようという政府行政の思惑も見え隠れする。
新聞協会は、かねて集団的過熱取材については議論を重ねており、昨年末取材者が守るべき「ガイドライン」を発表した(1月号既報)。その上で3月には、現場でルールを越える問題や被害が生じた場合に解決に乗り出す小委員会の設置を決めた。新聞界だけでなく、放送界とも緊密に連携することになっている。小委員会は、朝日新聞東京本社、毎日新聞東京本社、読売、日経、産経新聞東京本社、北海道新聞社、中日新聞東京本社、西日本新聞社のほか地方紙4社、共同通信社、時事通信社、NHKの計15社で構成。
また、新聞界では、報道紙面の検証を行う外部有識者らによる「読者と報道」委員会を設置する社が増えており、4月1日付で発足させた南日本新聞社、熊本日日新聞社を含めて25社になった(2月号既報)。