2021.08.06
読者に代わって調べ、伝える
議会の不正追及と改革を訴えるキャンペーン報道「民意と歩む」(2017年)
北日本新聞社・片桐秀夫氏に聞く
北日本新聞社は2016年4月、自らの報酬を引き上げようとする富山市議たちの動きを察知し、いち早く報じました。報酬引き上げの妥当性と地方議会の在り方を探る取材の中で7月、富山県議会副議長の政務活動費不正をスクープします。本を買ったように見せかけて領収書を偽造し、公金をだまし取る手口でした。記者が県議会事務局で収支報告書を読み込み、高額な専門書を何冊も買ったとの記録に違和感を持ったことがきっかけでした。
以降、報道各社が取材を加速させ、議員の政務活動費不正が次々と明るみに出ます。富山県議、富山市議、高岡市議合わせて18人が辞職する事態に発展しました。
この「辞職ドミノ」に伴う各議会の補欠選挙に当たり、北日本新聞社はあるべき報酬や政務活動費の額、再発防止策について全候補者の回答を集めて報じました。自分の考えと近い候補を探せる「紙上ボートマッチ」も掲載し、有権者に投票を促しました。
17年には「民意と歩む」と題した全57回の連載で不正の背景を探り、議会の透明化に向けた課題や富山県内外の動向を詳報しました。一連の報道で北日本新聞社は2017年度新聞協会賞を受賞しています。
当時の取材班代表で、今は政治部長を務める片桐秀夫氏に、報道の「その後」を聞きました(インタビューは2021年6月に実施しました)。
「舌の根が乾かぬうちに…」
政務活動費不正を巡る報道によって何が変わり、何が変わらなかったのでしょうか。
片桐氏 政務活動費の不正対策は富山県内でずいぶんと進みました。
北日本新聞は不正防止策の三本柱として「議員が受け取った領収書のインターネット公開」「第三者機関のチェック」「政務活動費の前払い制撤廃」を提唱しています。その視点でみると県議会と県内の15市町村議会の状況は、県外と比較しても良い状況になったといえるのではないでしょうか。議会のインターネット中継も広がり、閉鎖性も改善されました。
とはいえ、政務活動費の不正を防ぐ三大対策を全て導入した議会はありません。
議会を個別にみると、石川県境にある小矢部市の議会は何も対策をとっていません(※)。富山市議会は、領収書のネット公開については今も続けていますが、公認会計士でつくる第三者機関を2年で休止してしまいました。ネット公開によって透明性が高まったことを理由に挙げています。
「日本一厳しいルールにする」ことを掲げて取り入れた再発防止策はわずか2年で後退しました。第三者機関の役割は、事務的な処理だけではありません。例えば議員から、政務活動費を使って市外に視察に行きたい、と申請があったとします。「大人数で行く必要があるのか」「何泊もしなければいけない視察なのか」「そもそもこの視察は必要か」といったことを市民感覚でチェックするのも第三者機関の機能です。議会が休止を決めたとき「舌の根が乾かぬうちに…」との思いを抱いたことを覚えています。
現在、多くの地方議会が「議会の憲法」ともいわれる議会基本条例を制定しています。議会の役割や、住民の負託に対する責任を明確にするために定めるものです。富山市議会はこの議会基本条例をいまだに策定していません。こうした状況をみても「喉元過ぎれば熱さを忘れる」の感があります。
(※)小矢部市議会は2021年6月23日の議会改革協議会で、政務活動費の領収書などの証拠書類を2022年5月からインターネットで公開することを決めました。
投票を促すのは簡単ではない
17年の連載に基づく書籍『民意と歩む 議会再生』には、相次ぐ不正発覚で議会に対する住民の関心が高まったにもかかわらず、その後の補欠選挙や本選挙では投票率が伸び悩んだことも記されています。この要因についてどのようにみていますか。
片桐氏 一連の報道は、市民の怒り、憤りを昇華させ、投票で意志を示そうというキャンペーンでした。しかし、市民を動かすのはそう簡単ではないことが分かりました。一つは、不正があまりもひどく、「投票にさえ行きたくない」と思う人が大勢いたこと。これはどの選挙でもいえることですが、自分の一票が政治を変えるということを粘り強く訴えていくしか手がないのではないかと思います。
もう一つ、若い人は新聞を読まず、投票に行かない傾向が強い。そういう人たちに、新聞の訴えが届かなかったことが挙げられます。うまくウェブと連動しながら、メッセージを発信していかなければなりません。模索を続けています。答えは簡単に見いだせません。
ちなみに問題発覚直後の17年4月の富山市議選の投票率は過去最低の47.83%で、21年4月の市議選は47.96%でした。ほとんど変わっていません。
世論を二分するような大きな争点があれば、投票率は上がるのでしょう。とはいえ、政治は大きな問題だけを扱うわけではありません。市道の整備、保育や医療、介護など身近な問題について意思決定をするのが地方自治です。そのプロセスに参加する手段が投票である、と訴え続けるのがわれわれの役割だと考えています。
市町村の議員選挙に関して言えば、自分が住む地域の代表だから、という理由で投票先を決める人も少なくありません。もちろん、それは悪いことではありませんが、他の判断材料があってもいい。近年は全ての議員選挙で各候補者にアンケートを行い、政策や考え方を詳しく報じています。
「北日本新聞はしつこく見ている」
今も「民意と歩む」のワッペンを使い、地方自治関連の企画を続けている理由をお聞かせください。
片桐氏 政務活動費不正の背景の一つに、議員たちの「見られていない」という意識がありました。問題が発覚した16年以降、富山県内の各メディアが競うように議会を取り上げ続けてきましたが、5年後の今はどうでしょうか。21年4月の富山市議選では、政務活動費にほとんど触れないメディアもありました。やはり、問題の「風化」は著しいと感じます。
北日本新聞は富山市議選に際し、有権者の判断材料にしてもらおうと「富山市議会のいま ドミノ辞職から4年」という連載を掲載し、政務活動費や基本条例、議員提出の政策条例などをテーマに深掘りしました。
そういうこともあって「民意と歩む」のワッペンを使い続け、政務活動費をはじめ議会改革に関するニュースは小さなことでも記事にするようにしています。「北日本新聞はしつこく見ている」という雰囲気を出すことは必要ですし、議会改革に積極的に取り組む議員たちにとっては、小さなことでも記事になるので励みになっている側面もあります。
「議会診断」というシリーズ記事を17年から18年にかけて掲載しました。地元に精通している支局長らが県内の議会を一つ一つ取り上げてチェックしました。シリーズは形を変えて今も続けています。年に1度、特集面を設け、一度も質問に立たなかった議員の数や傍聴者数、女性議員の割合を一括して掲載しています。
地方の健全なお目付け役に
報道機関が地元の行政、議会をチェックすることの意義について、あらためてお聞かせください。
片桐氏 米国カルフォルニア州にベル市という自治体があります。人口3万5千人余りの小さなまちです。市の事務方トップである行政官のロバート・リッツォ氏は1993年に就任して以来、約870万円だった年間給与を10倍に膨らませていました。2009年の給与は、当時のオバマ大統領の2倍だったといいます。
ロサンゼルス・タイムズが10年にその横暴を暴き、ピュリツァー賞を受けました。行政官の身勝手な行為が見過ごされてきた背景には、ベル市の地元紙が90年代に廃刊に追い込まれていたことがあります。
地方には地方の健全なお目付け役が必要だということです。その役割を果たせるのは、地方紙だと自負しています。
そもそも、新聞自体のあり方が大きく変わっています。
元朝日新聞記者の稲垣えみ子さんが著書『アフロ記者』文庫版のあとがきに、新聞の役割はクラウドファンデングみたいなものではないかとし、こう書いています。
「私が月々新聞代を払っているのは、毎朝やってくる新聞の対価というよりも、記者の方々にこのお金を使って、私が行けないところに行って、私が会えない人に会って、見るべきものを見て聞くべきものを聞いて、我々が知らなきゃいけないことを、たとえそれが誰かに耳の痛いことであっても、政権の怒りを買うことであっても、ちゃんと伝えて欲しいのである。そのための先行投資なのだ」
一連のキャンペーンをはじめとする調査報道は時間もお金も手間も人手もかかります。ノウハウも必要です。個人が議会を傍聴したり、政務活動費の使途を調べたりして情報発信するのは簡単ではなく、限界もあります。そこに、新聞の役割を見いだせると思います。
政務活動費の不正を突き止めた手法は、書籍『民意と歩む 議会再生』に書きました。他の地域でも、同じ問題が起きているかもしれない。新聞がそれぞれの地域で目を光らせてほしい、との思いで開示しました。
読者に代わって、調べることを調べ、権力者が怒ることであってもちゃんと伝えていく。形こそ変わっていくでしょうが、ジャーナリズムが持つその本質的な役割は変わりません。
<プロフィール>
片桐秀夫(かたぎり・ひでお)氏
北日本新聞社
編集局政治部長
「議会の不正追及と改革を訴えるキャンペーン報道『民意と歩む』」で地方議会取材班の代表を務め、2017年度新聞協会賞を受賞。